ヘルマンの手の中で、
淡く光る装置が、低い音を立て始めた。

「……送還準備に入る」

ヘルマンの声は、驚くほど冷静だった。
迷いも、躊躇もない。

「待ってください……!」

アイルの声が、思わず跳ねた。

拘束された手首が、震える。
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

「アルンデスカイへ――強制送還だ」

その言葉が、理解としてではなく、恐怖そのものとして、アイルの中に落ちてきた。

(……帰る……?)

あの場所へ。
暗い倉庫へ。
…母の元へ。あの家に…

喉が、詰まる。
息が、うまく吸えない。

「……いや……」

声が、掠れた。

ヘルマンが装置を、わずかに持ち上げる。
光の塊が、それに呼応するように、微かに明滅した。

「……嫌っ……!」
今度は、はっきりとヘルマンに向けて発した。

「……帰りたく、ない……!」

空洞の中で、声が反響する。
震えて、必死に、
それでも確かに拒絶の意思を持った…願いにも似た言葉だった。

「私は……ここに、いたい……!」

シーカーが、反射的に一歩、前に出た。

拘束されたまま、それでも身体を張るように。

「……聞こえただろ」
低く、強い声。

「アイルは、ここにいるって言ってる。もう一度話をさせてくれ!ヘルマンさん!」

ヘルマンの視線が、鋭くシーカーを射抜く。

「感情で判断する状況ではない。話し合える余裕もない。次、なにが起こるかも予測できない事態だ。…すまんがこれが私の決断だ!!」

だが、その瞬間だった。

――モヤモヤが、大きく揺れた。
今までにない、不規則な動き。

それに同調するかのように光の塊が、ドクンと脈打つ。

空気が、一瞬、重くなる。

「……っ?」
スペーラーが、思わず息を呑む。

光の色が、ほんの一瞬だけ――
白でも、金でもない、説明のつかない色を帯びた。

「……なにが……」

ヘルマンの手の中で、装置が――
不規則な音を立て始める。

――キィ……、ザッ……。

「……?」

モヤモヤがつぶやいた。
「…アイル…帰りたくない…ここにいたい…」

ブォオン。

低く大きな音が響き渡った。モヤモヤの声に光の塊が返事をしたかのようだった。

そしてもう一度、

ブォオン。という音が響いた後――

ヘルマンの手にあった、装置が透き通るようにゆっくりと…消えた。

「…??」
ヘルマンは目の前、自分の手の内で起きたことが理解できないでいた。

「……おぉいぃ……」

誰かの声が、
ほんの一瞬、二重に重なって聞こえた。

光の塊が、さらに強く明滅する。

モヤモヤが、アイルと光の間で、
行き場を失ったように、揺れ続けている。

「アイル…帰り…ない…ここ…いたい」
モヤモヤは、何度もつぶやきながら揺れている。

願い。
拒絶。
恐怖。

それらが、整理されないまま――アイルの心になだれ込んできていた。
そしてそれに呼応するように空間全体が震えだす。

「……止まれ……」
メリウスの声が低く響く。

「止まれ。こんなことは望んでいない…止まるんだ」

だが、

誰が、何を止めればいいのか、
もうここにいる誰一人として、はっきりとはわからなかった。

気づけばアイルたちのいる場所には光の塊を囲むかのように強風が吹きあふれていた。

強風の中で、繰り返されるモヤモヤの声だけが響く。
「アイル…帰らない…アイル…ここにいる…」

強風は砂塵を巻き上げ、アイルたちの視界を奪った。

「アイルどこだ!俺の手を握れー!!」
シーカーは叫び声をあげる。届いたかはわからない。

砂塵の中で必死に目を開けるシーカーだったが、アイルの姿は見つけることができなかった。代わりに光の塊とともに明らかにまわりの空間が歪んでいくのが見えた。

歪みは、光の塊を中心に収束していくように見える。

世界が書き換えられようとしていた。アイルの願いで。おそらくそれはいびつな形で…

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Hikasawa Kikori
3本柱!メインテーマは『犬・めし・小説』 スイス・ホワイト・シェパード「ラテ」と暮らしながら、時短で美味しい“パパ料理”を研究中。冷凍野菜を中心に、忙しくても作れるリアルな家庭料理を発信しています。 もうひとつの柱は、オリジナル小説『アイアイの大冒険』。AIと共に世界観を構築し、物語や挿絵を創りあげていく過程を公開中。 SNS運用・AI活用にも挑戦しつつ、日々の気づき、創作の舞台裏、ラテとの穏やかな時間を綴っていきます。 長崎出身。大学で東京へ。東京で結婚。家族と2年オランダへ。帰国後、広島で過ごす。