アイアイの大冒険 第五章24
ガチャーン……
――ガチャ。
「ありがとう、モヤモヤ」
閉まっていたはずの警備室の扉は、あっけなく、音を立てて開いた。
アイルはそれを当然のことのように押し開け、警備室の中へ一歩踏み入れた。
一瞬。
室内の空気が、完全に止まった。
机に向かっていたカラス族の警備員たちが、一斉に顔を上げる。
赤い眼がそろってこちらを向いたまま、誰一人、言葉を発しない。
――理解が、追いついていない。
アイルの後ろで、コルヴィンが息を呑む音がした。
翼をすくめ、今にも崩れ落ちそうな顔で固まっている。

「……え?」
ようやく、カラス族の一人が喉からかすれた声を漏らした。
「な、なにが……?」
警備室の扉は、現在、封鎖対象だ。 解除権限は警備部上層と限られた管理官のみ。
それが――今、目の前で“普通に”開いたのだった。
沈黙の中央で、アイルは一歩、前に出る。
「すみません。探してる人がいるんです」
その声は、静かだった。 状況を理解しているのか、していなのか…とにかくまっすぐな声だった。
次の瞬間。
「――止まれ」
低く、重たい声が警備室の奥から響いた。
奥の机から、ひとりのフクロウ族が立ち上がる。 眼帯をした片目が、鋭くアイルを捉えた。
ヘルマン・ルーグレイ。
「……誰の許可で、ここに入った」
問いは短く、感情を削ぎ落とした声だった。
アイルは立ち止まらず、ただ答えた。
「…許可は誰からももらってません」
警備室がざわめく。 カラス族たちの羽が、ざっと鳴った。
コルヴィンが思わず叫ぶ。
「ち、ちちち違うんですヘルマン先生!あの、その……!」
「黙れ!メリウスの犬めが!」
ヘルマンはコルヴィンに向かって言い放った。
「いいいいい犬…?ツツツツツツツルです!」
「いいから黙ってろコルヴィン。質問は終わっていない。――もう一度聞く。どうやって、この扉を開けた」
アイルは腕の中を見下ろした。
モヤモヤは、いつものように小さく光をたたえ、
何事もなかったかのように、そこにいた。
「この子が開けました」
一拍。
警備室の空気が、はっきりと変わった。
ヘルマンの片目が、わずかに細まる。
「……それは、何だ」
「モヤモヤ。私の友だちです。」
即答だった。
カラス族たちのざわめきが、一段階大きくなる。
「友だち…あの雲みたいなのが…?」「冗談だろ…どうやって鍵を…?」
コルヴィンは完全に腰が引けていた。 震える声で、言葉を絞り出す。
「ヘ、ヘルマン先生……も、もしかして……その……その子……神族、なのでは…と…」
一瞬。
警備室の誰かが、息を吸う音がした。
ヘルマンの表情が、わずかに硬くなる。
「……そうか」
ヘルマンは誰に向けたともなく、つぶやく。
そして、ゆっくりと歩み出た。
「ウサギ族の娘よ。お前のその友達が神族ということなのか」
「うん。たぶん」
アイルは視線を逸らさない。
「でも今は、それより大事なことがある――『侵入者』だ」
ヘルマンの声が、鋭くなる。
「規則を破り、封鎖を無効化し、警備室に踏み込んだ。それは明確な侵入行為だ。神族と行動していることは実に興味深いが、それよりもまずお前たちは異分子であり要警戒対象だ」
アイルは、首を横に振った。
「違う。誤解です。私たちもなぜここに迷い込んだかわからないの!」
「同じだ」
「違う。いっしょに来た仲間に合わせて!」
アイルはヘルマンにありったけの視線をぶつけていた。
ヘルマンは、アイルから目をそらし、カラス族たちに目配せした。
その目配せ一つでカラス族たちは静まり返った。
そして、ヘルマンは再びアイルを真正面から見据える。

「…探している者の名を言え」
アイルは、迷わず答えた。
「シーカー。それから……スペーラーさん」
警備室の奥で、誰かが小さく息を呑んだ。
ヘルマンは、ほんの一瞬だけ目を閉じ――
「……連れてこい」
そう、命じた。
アイルは、勢いよく前に出た。
「私も行く!」
「許可しない。お前はここで待つ。そして、あいつらに合わせる前にお前たちのことも拘束させてもらう。それが最大の譲歩だ」
「……わかった」
アイルは短い返答のあと、姿勢を正し、沈黙した。
ヘルマンとアイル、二人の視線が、正面からぶつかる。秩序と、意思が。それぞれの正しさのもとに行動を曲げない二人の視線はぶつかるしかなかった。

