誰かが、図書館の前で立ち止まっていた。
アイアイはその建物を見て、思わず駆け寄った。
「……図書館! 情報があるかもしれない!」
しかし扉には、デバ石の端末と、小さな文字が浮かんでいた。
“アクセス権限が確認できません。情報取得条件:未達。
ご利用をご希望の方は、認証番号に従って再度申請してください。”
「え……」
「……読めない、ってこと?」
「違う、ぼくの石じゃ“認証”がとれないって……」
デバ石を入口にかざしても、扉はびくともしなかった。

「アイアイ……この町、なんか、全部……石に管理されてる感じだね」
「うん……なんか、いやだ」
そのとき、すぐ後ろで、老人たちの会話が聞こえた。
「……王様のデバ石の使い方聞いたか…」
「デバ石に焼き菓子のレシピばっかり出させて、毎日失敗して怒鳴ってるらしいじゃないか」
「はは、あれはもう“趣味”の域だな……あの王様、石に説教してる姿、前に見たぞ。石に従っていれば楽だろうにな」
ふたりの老人は笑いながら去っていった。アイアイとグリグリは顔を見合わせ、すぐに老人たちを追いかけたが、人ごみにまぎれたのか見失ってしまった。
グリグリがぽつりと言った。
「……王様って、デバ石で、お菓子つくってるの?」
「レシピ間違えて、石に怒鳴ってるらしい」
アイアイは、ふふっと笑った。
「ちょっと見てみたくなったね。そういう王様なら……会ってみる価値、あるかもしれない」
「えっ、城に行くの?」
「うん。どうせ他に手がかりがないなら、王様に会ってみよう。
もしかしたら、石に“従ってない”人が他にもいるかもしれない」
グリグリは不安そうに首をすくめた。
「また……門前払いされないといいけど……」
アイアイはまっすぐ城の方向を見据えて、こうつぶやいた。
「でも、聞きたいんだ。こんな風に石に従うのが正しいのかどうか——」
アイアイとグリグリは、図書館の前から王城の方角を見上げた。
その高台に立つ城は、昼の光に照らされて純白にも見えたが、どこか寂しげで、凍てついたような無人の館のようにも見えた。
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「行こう」とアイアイは言った。
グリグリはしばらく黙ったあと、「……うん」と小さくうなずいた。
ふたりは街の中心を目指して歩き始めた。地図も標識もないまま、なんとなく道が導いてくれているような感覚。そんな感覚と目線の先にそびえる城をたよりに二人はもくもくと歩き続けた。
王のいる城までもう少しというところの階段の脇で座っていたネコ族の紳士が、こちらに気づいたような素振りを見せた。だがすぐに視線を落とし、デバ石を手に何かを確認し始める。
その様子に、グリグリがぽつりとつぶやく。 「ねえ、アイアイ。王様って…ほんとに“普通”なのかな」
アイアイは歩を止めた。 「たぶん……ぼくらの思う“普通”じゃないと思う。でも、それでもいい」
城へ続く石段に、一歩、一歩足を乗せるごとに、背中の荷物が少しずつ軽くなっていくような、不思議な感覚があった。
アイアイには、王様が唯一の「足場」に思えた。アイアイは少しだけ胸に希望が宿ったように感じた。足取りも軽くなっていた。
アイアイは振り返ってグリグリを見る。
「……行こう」
その言葉に、グリグリはただ、静かにうなずいた。
そしてふたりは、王のいる城へと、静かに歩を進めた。
先ほどの猫族の紳士はいつのまにか階段の脇から消えていた。
(第一章 おわり)



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