朝靄の残る霧丘を、三人は歩いていた。
夜の冷気がまだ地面に残っていて、草の先に露が光る。
遠くで鳥の声がした。
アイルは深呼吸をして、胸の奥まで冷たい空気を吸い込んだ。
「朝っていいね。昨日のことが、いったん全部リセットされる感じ」
「ふー……そんなふうに思えるの、あなたくらいですよ」
スペーラーが小さくため息をつく。
シーカーは苦笑しながら荷物を持ち直した。
モヤモヤはアイルのすぐ後ろを、ふわりふわりと浮かびながらついてくる。
ときどき足もとに下りて草を踏み、またすぐ浮かび上がる。
「ねえ見て、歩く練習してる」
アイルが笑うと、モヤモヤは一度だけ足もとを見て、軽くぴょんと跳ねた。

シーカーが頭をかく。
「……マジで学習してるな、こいつ」
「えらいね、モヤモヤ」
呼びかけると、モヤモヤはアイルの方を向き、小さく光った。
「ア、イ……」
その音が風にまぎれて消えた。
アイルは足を止めて振り返った。
「今、呼んだ?」
「呼んだよな、今……」
シーカーが思わず笑い、スペーラーが短くうなずいた。
「知能がある証拠ですね。その調子だと、どんどん成長していくんじゃないですか?」
「つまり、我々が成長した神族に裁きを受ける日も近いわけだ」
シーカーは半分、ふざけたような口調で言った。
「ふー……面倒なことにならないといいですね。責任はとりません。」
スペーラーはもうほとんど冗談まじりに答えた。
昼近くになり、霧の向こうに影のようなものが見えてきた。
「塔だ」
シーカーが指をさした。
丘を下った先、白い石で組まれた細い塔が立っていた。
今はかろうじて崩れてはいないだけの古い塔だった。霧の中に静かに佇んでいた。
「古い塔に見えますが建てられたのは最近のようですよ。これも見ておきたかったものの一つです」
スペーラーの声が低く響いた。
三人は慎重に塔の中へ入った。
内部はひんやりしていて、音が吸い込まれるように静かだった。
螺旋の階段を上がり塔の最上部にたどりつくと、広間があった。
広間の中央の床には、円形の装置のようなものが置かれている。
床の文様とつながるように淡い線が広がり、空気が微かに震えていた。
「なんだろ、これ……」
アイルが近づき、足を止めた。
中央の円盤が、まるで呼吸するようにゆっくりと光っている。
スペーラーが低く呟く。
「動作しているように見えますが、目的は不明ですね」
「古い祭壇とか……?」
シーカーが首をかしげた。
アイルは屈み込み、反射する光をのぞきこんだ。
その瞬間、淡い光が天井まで立ち上がった。
眩しい光の柱。
三人は反射的に身を引いた。
「わっ……!なにこれ!」
「……光の柱?」

スペーラーが腕で目を覆い、
「触らなければ大丈夫でしょう。観賞用の何かかもしれません」
「観賞用って……そんなわけ……」
シーカーの声が震える。
「じゃあ…これ何?」
アイルが二人の顔を見回す。
「ふー。ええ、まあ‥‥見なかったことに、しますか?」
スペーラーが淡々と言う。
「そんなんでいいんですか!?」
スペーラーに対して咄嗟に答えるシーカーの横で
アイルはそっと光に手を触れようとしていた。
まさに光の柱にアイルの手が触れようとした瞬間、
「ちょっ!おまっ!おま!お前なにしてんだー!」
シーカーが跳ねるように前に出る。
「ちょっと、どんなもんかって触ってみたくなっただけ。ごめんごめん。でもこれ触るくらい、大丈夫だと思うけどなー」
アイルが悪びれもせず笑った。
「もうな…本当にやめてくれ。どうなるかわからないうちは慎重にいこうぜ…」
息を荒げるシーカーに、アイルが突然言った。
「あっ?あれ何!君の後ろ!!」
「は?」
シーカーが振り返った瞬間――
アイルは光の柱へ飛び込んでいた。
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
隙をつかれたシーカーの叫び声が響く。
そして
光の柱に飛び込んだアイルの姿は、シーカーとスペーラーの目の前で吸い込まれるように、
――跡形もなく消えた。
シーカーは開いた口がふさがらなくなり、スペーラーは大きくため息をついた。
スペーラーのため息の後、しばしの間、広間は光の柱を中心に、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。


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