
詰所の中は、外から見たよりもずっと雑然としていた。
壁際には積み上げられた木箱と書類束。
通路の奥では、獣族の兵士たちが慌ただしく行き来している。
アイルは目を丸くしながら、あちこちを見回した。
「うわぁ……ほんとに“書類多数”だね。ここ、郵便局より散らかってるよ」
「散らかってるますよね…めんどうですねぇ」
スペーラーが淡々と答える。
「紙まみれも新鮮でいいけどね」
シーカーが肩をすくめ、アイルは吹き出した。
通された部屋は、窓の大きな食堂だった。
長い木のテーブルの上に、大皿がいくつも並んでいる。
香ばしい匂いが漂い、アイルの耳がぴんと立った。
「これが“可”の料理かぁ……!どれが一番おいしいですか?」
「正直、塩SIOの分量で結果が変わります。」
スペーラーの答えに、シーカーが「わかる」と頷いた。
アイルはひとくち食べて、目を輝かせた。
「おいしいよ! ちゃんと“世界の味”がする!」
「世界の味とは……?」
「なんていうか、“ちゃんと人が生きてる味”!」
その言葉に、スペーラーは一瞬だけ手を止めた。
何かを思い出したように、ほんのわずか目を細めたが、すぐにスプーンを置いた。
「……なるほど。参考にします。」
食後、三人は詰所の廊下を歩いた。
窓の外では、夕陽が山の端に沈みかけている。
アイルはふと立ち止まり、外を見上げた。
「ねえ、シーカー。今日、なんかすごい一日だったね」
「うん。……あのドラゴン…本当に死んじゃうかと思った。もうあんな目に合うのはごめんだね。」
アイルはくすりと笑った。
「でも、またあのドラゴンに会いたいな。」
「やめてくれ、二度とごめんだって」
それから、行き着いた部屋で、イタチ族の男性から、ドラゴンのことや、アイル自身のことについて取り調べをうけることになった。
取り調べは簡単な質問と回答の繰り返しで20分程で終わった。
アイルとシーカーが部屋から出て歩いていると
後ろからスペーラーの声がした。
「――お二人。明日、ちょっと行ってみたいところがあるんですが、一緒にどうですか?」
「なにかあるんですか?」
「北の稜線。報告では、光が走ったそうです。」
「光?」
「ちょっとおかしなことになるんじゃないかと思いまして……」
そのとき、窓の外に一瞬だけ、白い閃光が走った。

三人は同時に外を向く。
遠く、雲の切れ間を貫くような光の筋。
スペーラーは短く息を吐き、低い声で言った。
「……どうやら神族関係のトラブルなんじゃないかと…」
アイルは目をパチクリさせながら「神族!それは大変‥‥」とつぶやいた。
横のシーカーが「お前の持ち込んだそれが、神の逆鱗に触れちゃったとか…」
と乾いた笑いとともにつぶやき返す。
そのつぶやきが聞こえたのかどうかわからないが、
スペーラーが翌日の行き先に関して宣言した。
「行き先は、霧丘外郭です」
詰所の鐘が、ゆっくりと一度だけ鳴った。鐘の音は、静かに更けていく夜を割るような響きで詰所の壁とアイルの鼓膜をいつまでも震わせていた。


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