アイアイの大冒険 第五章⑥

第五章

丘の上には、まだ焦げた草の匂いが残っていた。

アイルはしばらく呆然とその場に立ちつくしていたが、
目の前の白銀の騎士に気づいて慌てて姿勢を正した。

「えっと……助けてくれて、ありがとうございます!」
アイルが頭を下げると、騎士は首をかしげるように視線を落とした。

「私はスペーラーです。あなた方は?」

「スペーラー……?」
アイルとシーカーは顔を見合わせた。
「あ‥よろしくお願いします!スペーラーさん!」

「……ああ、ええ。ははは…まあそう呼んでください。」
面倒そうに言いながらも、どこか苦笑している。

アイルは一歩前に出て、彼の鎧を見上げた。
白い毛並みと銀の装甲の境目には、焦げ跡が残っている。

「さっきのドラゴン、あなたが追い払ったんですよね?あんな大きいのに、一撃で……すごいです!」

スペーラーは軽く肩をすくめた。
「仕事ですから。……あまり近づかない方がいいですよ。余熱が残っています。」

言われてアイルが足元を見ると、
黒く焼けた地面の上で、何かが淡く光っていた。

彼女は思わずしゃがみこみ、それを拾い上げた。

「これ……ドラゴンの鱗?」
手のひらほどの銀の破片が、じんわりと温かい。

アイルが目を輝かせる。
「やばい、こういうの、絶対レアアイテムだよ!」

「ちょ、ちょっと待てって!アイル、それ持って帰る気か!?」
シーカーが慌てて制止するが、アイルは笑って聞いていない。

「だって、見てよ。こんな綺麗な光……絶対なにかに使えるって!」

スペーラーはため息をついた。
「……危険かもしれませんが、お好きに。責任は取れませんよ。」
アイルは鱗を大事そうにポーチにしまった。

その様子を見て、シーカーが半ば呆れたように言う。
「アイルってさ、怖いとか不安とか、感じる回路ないの?」

「うん、あるとは思うよ。でも“楽しそう”が勝っちゃうんだよね。」
アイルは照れくさそうに笑った。

スペーラーはその笑顔を一瞥すると、少し真面目な声になった。
「……ところで、あなた方。今からどちらへ?」

「え? 村に戻るつもりですけど」

「うーん、申し訳ないんですがね…。非常にめんどくさいでしょうが、私の詰所まで同行してもらえますか。報告と確認が必要でして。めんどくさいですね…」

シーカーが眉をひそめた。
「詰所……って、トロトロット公国の?」

「はい。正確には、この国と公国の境界線上の場所に位置するところです。こちらは結構重要な任務でして、時間の余裕もないんですよ。」

アイルは少し驚いたように頷いた。

そして妙に真剣な表情を作って言った。
「でも、私たちが帰ってこないとなると村のみんなや局長が心配するわ…」

シーカーは妙な表情を作り続けるアイルに笑いながら言った。
「お前、それ本気で言ってるのか?」

アイルが吹き出し、つられるようにシーカーも笑った。

「任務の報告は村に帰ったときでいいよね。行ってみよ。シーカー。」
アイルの言葉にシーカーは静かにうなづいた。

スペーラーは小さく息を吐き、剣の柄に手を置いたまま背を向けた。
「――ふー…行きましょう。急がないと夜になりますよ」

彼の足取りは重くも確かなもので、
アイルとシーカーは顔を見合わせ、あとに続いた。

丘の上には、まだ竜の焦げ跡が残っていた。
草の焦げた匂いと、遠ざかる三人の影だけが、静かに風の中に揺れていた。

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