アイアイの大冒険 第五章④

第五章

その日の朝、郵便局は少し慌ただしかった。

チワワ局長が新聞を広げたまま、奥の部屋から飛び出してきた。
「アイル、シーカー! 二人ともいるか!」

局長の声は、いつになく低く響いていた。
「北の街道で郵便馬車が立ち往生してる。山風が強くて、荷が散ったらしい。大事な積み荷もたくさんあるからな!なくしたら大目玉だぞ!」

アイルとシーカーは顔を見合わせた。
「ぼくたちが行くんですか?」

「頼む。二人なら大丈夫だろう。報酬は……そうだな、通常の三倍出す」

「三倍!?」
アイルが目を丸くすると、局長は苦笑した。

「危険手当だよ。最近、山の風が荒れててね。誰も行きたがらんのさ」

その言葉に、シーカーがいたずらっぽく笑った。
「つまり、特別ミッションてやつですね」

「そういうこと。気をつけて行ってこい。馬車は“風の丘”を越えたあたりにあるらしい」

二人は荷物をまとめ、局長に敬礼して出発した。

ディグレンチェ村を出ると、草原の風がすぐに頬を打った。
いつもよりも強い。

アイルは帽子を押さえながら笑った。
「二人で頑張ってきた甲斐があったね。…でも、なんだか今日は本当に風が荒いね」

シーカーは軽く目を細め、空の様子をうかがった。
「風の音が変だ。本当にこれは特別なミッションになりそうな予感がするね」
 
アイルはシーカーをみて笑った。仕事とわかっていながらワクワクが止まらなかった。

二人は緩やかな坂を上り、やがて“風の丘”と呼ばれる場所にたどり着いた。
丘の上からは、北の山脈がはっきりと見える。
山々の間を抜ける風が、まるで生きもののようにうねり、低く唸っていた。

アイルはデバ石を取り出し、マップを見ていた。
「……もうすぐで、目的地につきそうだよ」

アイルは風に耳をなびかせながら呟いた。

山道を進むと、やがて郵便馬車が見えてきた。

崖のふちで片輪を外し、荷台が傾いている。
馬は無事らしいが、荷物のいくつかは転がり落ちていた。

シーカーが素早く駆け寄り、箱の一つを拾い上げる。
「大丈夫そうだ。けど……」

箱の横に貼られた宛名ラベルには、はっきりとこう書かれていた。

〈トロトロット公国 本部管理局〉

アイルは一瞬だけ眉をひそめた。
「またこの名前……最近よく見るな」
「手紙の内容、気になるね」
「読んじゃだめだぞ。仕事だから」
シーカーは笑って言いながらも、ほんの少しだけ宛名を眺め続けていた。

風がさらに強くなり、砂が舞い上がる。
崖の下から、遠く低い“唸り声”のような音が聞こえた。

アイルは思わず耳を澄ませた。
「……雷?」
「いや、違う。もっと……なにか別のものだ…」
二人は顔を見合わせた。

その瞬間、空の向こう――山の稜線のあたりで、白い閃光が走った。
それは一瞬のことだったが、確かに“何か大きな影”が空を横切ったように見えた。

風が止んだ。
草の波がぴたりと静まる。

アイルの手の中のデバ石が、かすかに光を放った。

シーカーが声を潜めて言った。
「……なぁ、アイル。今の、見た?」
「……うん。見た…ワクワクするね…あれってそうだよね!」

再び吹き始めた風が、二人の体を包み込む。
どこかで鈴のような音がした。
それが何の音なのか、アイルにもシーカーにもわからなかった。

「今日はもう戻ろう。報告だけしてさ、また明日でも来て、さっきのやつを探してみよう」

シーカーの話に、アイルはうなずいた。

崖の上から見下ろすと、山の向こうに雲がゆっくりと渦を巻いているのが見えた。

アイルは話にうなづいたあとに、すぐに言い直した。
「あっ!シーカー?明日は無理だ!」

「えっどうして?」

「だって、もうこっちにすごい勢いで飛んできてるもの。
━ ドラゴン!」

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