朝の光が、丘の上の塔の鐘をやさしく照らしていた。

大草原の真ん中に位置する『ディグレンチェ村』は、まだ寝息を立てているように静かだった。草原を流れる風が村をやさしくなでるように過ぎていく。石畳の路地に並ぶ家々の屋根には露が光り、煙突から細い煙がのぼっている。遠くで羊の鳴き声がした。

アイルは、郵便局の木の扉を押し開けた。

鈴が鳴り、埃の匂いがする。机の上には、昨日届いた手紙が十通ほど積まれていた。彼女の仕事は、それを村のあちこちに届けること。まだ覚えたばかりの配達路を、頭の中で思い出す。

「ええと……薬草屋さんの次が、パン屋さんの裏の道、だったかな」
声に出して確認すると、隅で寝ていた白いハトが羽をばたつかせた。

鞄を肩にかけようとすると配達袋の紐が片耳にひっかかっていた。あわてて紐をはずし、外に出ると、朝の風が頬をかすめた。アイルは郵便帽のつばを整えながら、目の前の美しいディグレンチェ村の風景に感嘆の声を漏らした。

アイルは村の風景の美しさにまだまだ慣れていなかった。

郵便局からの坂道を下る途中、洗濯をしていたリス族の婦人が手を振った。
「おはよう、アイルちゃん。今日もお仕事?」
「はい、今日もです!」

彼女は元気よく答えた。リス族の婦人は笑って、「がんばりやさんね」と言い残し、洗濯籠を持ち上げて家の中に戻っていった。

村の人々は皆やさしかった。けれど、みんな、どこか似ていた。
話す言葉も、笑うタイミングも、少しずつ同じような調子。
アイルは、それを少し不思議だとは思いながらも、心地よいものだと感じていた。

配達の途中、川沿いの石橋を渡ると、村の中央にある掲示板が見えてきた。

そこには新しいお知らせが貼られていた。

〈勇気ある者を称える銅像、広場に建立〉

紙の隅には、見覚えのある名前が小さく刻まれている。
 ――「アイル」。帽子の下からのぞく長い耳がピクンと揺れた。

広場に差し掛かった彼女は思わず立ち止まった。
「あれ……これ、わたし……?」

そこにはウサギ族の銅像が誇らしげに建っていた。

台座にはものものしい字で『アイル』と彫ってある。顔が少し熱くなった。周りを見回すと、何人かの村人が同じ掲示板をのぞき込み、「あの子がそうらしいよ」と囁いていた。

照れくささを隠すように、アイルは手紙の束を抱え直した。

「……この前のすっごくうまくいったやつか。すぐこんなものが建っちゃうとか少し恥ずかしいな。」

歩き出した足元に、小さな花びらが舞い降りた。
風がやさしく吹き抜ける。

アイルは、ふと空を見上げた。
青さがどこまでも澄んでいて、見ていると吸い込まれそうだった。

――この世界には、まだまだ、知らない場所がある。
はやくいろいろなところに行ってみたかった。

アイルは笑った。
そして、手紙の束を胸に抱き、坂道を軽やかに駆け下りていった。

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Hikasawa Kikori
3本柱!メインテーマは『犬・めし・小説』 スイス・ホワイト・シェパード「ラテ」と暮らしながら、時短で美味しい“パパ料理”を研究中。冷凍野菜を中心に、忙しくても作れるリアルな家庭料理を発信しています。 もうひとつの柱は、オリジナル小説『アイアイの大冒険』。AIと共に世界観を構築し、物語や挿絵を創りあげていく過程を公開中。 SNS運用・AI活用にも挑戦しつつ、日々の気づき、創作の舞台裏、ラテとの穏やかな時間を綴っていきます。 長崎出身。大学で東京へ。東京で結婚。家族と2年オランダへ。帰国後、広島で過ごす。