なにかの聞き間違いだと思ってアイアイは特に気にしなかったが、まわりを見回したことで別のあることが気になった。
「おばあさんは、デバ石はもっていないんですか?」
この世界の人なら、ほとんどがデバ石は肌身はなさずもっている。それこそ、子どもから老人まで。
「私は、あのとき、デバ石とやらが皆に渡されたときから持ってない。持つ◇□◇もない」
聞き取れなかったところや、「渡された」という言葉など、アイアイには少し気になるところがあった。
アイアイが物心ついたころから村の皆はすでにデバ石を持っていた。アイアイのものは母から渡された記憶がある。しかし、皆がどこでどのように手にしたかは気にしたことがなかった。しかも、この世界では人のデバ石のことについて深く追求しないといった慣習というか雰囲気があった。
老婆の表情にも「あまり聞いてはほしくない」といった感情が含まれている気がした。それに、村のあの猫族のおじさんもデバ石はもっていなかった気がするし、そこまで気にすることではないと思った。アイアイはそれ以上は聞かず、相打ちだけして黙っていた。

「もう行きな、陽が傾くよ。ザラーリンまでは、そう遠くない」
湯呑みを手にしたまま、アイアイは静かに頭を下げた。
ふと床に目をやると、床に使われている石材がアイアイの家のものとほとんど同じであると気づいた。床だけではなく壁に使われている石材もそっくりだった。石ひとつひとつの欠け方、形、煤の付き方などもそっくりな気がして愛着がわいた。なんとなく自分の家にいるような気持ちになり、すでに自分の家を懐かしく思った。
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しばらく老婆の家の中を見回していると、また何かがこすれる様な音がした。アイアイがふと我に帰り老婆の方に目をやると、老婆が再びが話しかけてきた。
「もう行きな、陽が傾くよ。ザラーリンまでは、そう遠くない」
そういって老婆に急かされた。老婆にも何か予定があるのだろうか。アイアイのことを心配してのことだろうか。アイアイは少しだけ老婆の様子に違和感を覚えたが気にしないことにした。とにかくもう長居はできそうにない。
老婆がトロトロット公国について何か知っていることはないか聞いてみようかとも思ったが、そこまで急かされては、ためらわれた。さらに先ほど感じた違和感がさらにアイアイを躊躇させた。
アイアイはお茶のお礼をいい、出発の準備に取り掛かった。
再び背中にリュックを背負い直し、老婆にもう一度、一礼して歩き出す。 背中に当たる日差しが少しだけ柔らかくなったように感じた。頬にあたる風が心地よい。
アイアイの前を、なにかの虫がよぎって、ひゅっと音がした。そのとき背後で老婆の声が聞こえたような気がした。なんと言っていたのかアイアイには完全には聞き取れなかった。振り向いた先には老婆が一人で軒先に座っているのが見えた。
アイアイには、さっき老婆が言った言葉はもしかしてこれかもというのがなんとなくわかっていた。
「・・・・旅の者かい? あんた、ザラーリンに行く途中かね」
アイアイはそれぞれの人生のステージにはいろいろなことが起こるのだと考えながら、道を急ぐことにした。頬をかすめる風が冷たく感じた。


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