
広間の台座へと、アイアイとグリグリは勢いよく駆け込んだ。
台座周辺に足を踏み入れた瞬間、空気が張り詰め、胸の奥が押し潰されそうになる。台座は青白い光を脈打ち、床にたまった薄霧がその光と共鳴するかのように揺らめいていた。明らかに周辺とは違う冷たい空気が喉と肺を通る度に全身を凍えさせるはずだったが
アイアイは興奮で体が熱くなるのを感じていた。
「……いよいよ、だね」
アイアイの声はかすれていたが、目はまっすぐ台座を見据えていた。
グリグリがごくりと喉を鳴らし、手を伸ばすアイアイの横顔をのぞき込んだ。
「な、なにが起こるんだろ……」
二人には答えがなかった。なにが起こるかは予想もできていなかったが、アイアイはここで何かを起こさなければならないということは確信していた。何が起こるにせよ、この台座の答えを見届けなければならなかった。
アイアイは胸元から震える手で〈旧塔の鍵〉を取り出した。
前に試したときには何も起きなかった。何の手がかりもなかった
――だが今回は違った。台座の表面に、見覚えのない四角いくぼみが開いていたのだ。動力が届いたゆえの変化なのだろうか。そんなことを考える間もなくアイアイは鍵をくぼみに当てていた。
「……ここだ」
吸い寄せられるように、鍵はするりとそこへ収まった。
次の瞬間――。
キィィィィィィン……!
鋭い共鳴音が広間全体に響きわたり、壁も床も、呼吸を合わせるように震え出す。その後、うねるような駆動音が、低く、深く、大きく、学舎にこだました。
大きなうねりを増幅させるような駆動音は、アイアイたちの動揺などまるで受け付けないかのように、気高い獣の慟哭のようになり続けた。
「な、なんか……前にもこんな展開、なかったっけ!?」
グリグリが叫び、尻尾をぴんと逆立てた。
二人は肩を寄せ合いながら広間を見回した。猫の使者はすでに二体のウーセルを制圧し終え、肩で息をしながらこちらに目をやっている。点検口を塞ぎ終えたオイラーもふらつきながらだが、こちらに歩みを進めているところだった。
アイアイはなんとなくだが、台座さえ発動させれば、すべてがうまくいくと思っていた。
今、確かに発動したであろう台座だが、この鳴り響く駆動音は予想の範囲外だった。
ゆっくりとアイアイたち四人は広間の扉の先を見つめた。そのとき、手なずけられた獣の情けない鳴き声のような
――ウゥゥゥンという音を最後に駆動音は止まった。
しかし、その静寂は一瞬で破られる。四人が見ていた扉の先、
暗闇の通路から、無数の足音が押し寄せてきた。ずり、ずり、ずり……。
やがて霧をかきわけ、莫大な量のウーセルが一斉に広間になだれ込んできた。
「な、なんか……前にもこんな展開、なかったっけ!?」
グリグリは叫び、尻尾をピュンと回した。
「……っ!」
猫の使者は険しい顔で台座へ駆け寄りながら叫んだ。
「もう駄目です! これだけの数では持ちこたえられません。――……逃げるしかない!」
アイアイの胸は張り裂けそうだった。目の前の答えを、ようやく掴めるはずだったのに。
台座は今、反応を終えた。これから『結果』がわかるところだ。
また逃げ出すのか。逃げ出して次はあるのか。でも今、他に、逃げることの他にできることがあるのか。
アイアイは、頭を急速に回しながらも、一つの結論にしか到達しないことがわかっていた。
この状況では『逃げる』しかない。
広間にはすでに百を超える数のウーセルが入り込んでいて、数秒ととどまれば包囲されるのは明らかだった。
『逃げる』。その結論しかないことに絶望し、遅れて強い寒気が体を襲った。アイアイの顔は、苦悶の表情に変わっていった。
結論とは別の言葉が、意図せず、口からこぼれる。
「でも……! ここで……ここで踏みとどまらなきゃ……!」
足を止めたアイアイの腕を、グリグリが必死に引いた。
「アイアイ! 死んじゃうよ! 今はだめだ、走るんだ!」
その切羽詰まった声に、アイアイはもう一度、『結論』をかみしめてグリグリに向き直った。泣きそうな表情でグリグリが見つめている。アイアイは無言のまま、ようやく足を動かした。
オイラーはもう立っているのもやっとで、猫の使者が背に負い、短剣を構えたまま必死に先頭を走った。
ウーセルたちが入ってくる扉とは別の開かれたままの扉から、一行は広間を飛び出す
「な、なんか……前にもこんな展開、なかったっけーー!?」
グリグリは叫び、尻尾を激しく揺らしていた。
やみくもに走った。ほぼ暗闇の中を一行は無言で走り続けた。しばらくすると、一行が走る暗闇の先に信じたくない現実が見えるような気がした。
その予感が現実になったとき、一行は足を止めた。
逃げた先の通路は、行き止まりで閉ざされていたのだ。

近くには分岐や部屋に入る扉も見当たらない。
「……そんな……嘘だろ……!」
アイアイは頭を抱え、これまでにないほど取り乱した。
「どうすればいいんだよ! もう少しだったのに……どうすれば……どうすればいいんだぁぁぁっ!」
叫びは反響し、冷たい石壁にぶつかってはね返ってくる。
「……アイアイ、大声は…ウーセルを呼び寄せますよ」
猫の使者が振り返り、苦い顔で警告した。
そのとき背に負われたオイラーが、ふと笑ったように口を開いた。
「ふふふ……まあ、いくらでも叫んでみてよ……。もう手遅れ……どんどん、この通路にも入ってきてる……」
そのまま言葉は尻すぼみに消え、オイラーの瞼はゆっくりと閉じられた。
ウーセルたちとは、まだ幾分かの距離はあるはずだったが、アイアイたちは暗闇の先をじっと見つめていた。
絶望がどんな形をしているのか、見定めるかのように。


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