アイアイの大冒険 第四章⑯

第四章

手を取り合ったまま、四人は保守用通路をさらに奥へ進んだ。壁の銅管はところどころで青白く脈動し、その明滅が足もとを不規則に照らす。

汗ばむ掌の温度まで明滅に合わせ増幅して返ってくるようで、不思議な感覚になる。誰もが握る手を離せなかった。

やがて通路は二股に分かれた。左は冷えた空気が滞り、右は生温い風がわずかに流れている。

オイラーが壁に耳を当て、鼻先をひくひくさせた。

「右だね。振動が右に続いている。……台座につながるラインの振動」

かすれたような声のまま言い切ると、ふらりと体が傾ぐ。アイアイは握った手を引き寄せ、体を支えた。

「大丈夫?オイラー…」

「……うん。今はね。行こう」

短いやり取りの間にも、背後では水を擦るようなずるずるという群れの気配が、暗闇の向こうから重なってくる。急かされるように、四人は右の通路へ身を滑らせた。

頭上すれすれに走る配管の束をくぐり、腰を捻って狭隘部を越える。石の匂いが強くなり、靴裏に伝わる床の硬さがところどころ“脆い”。

「足元に多少、がれきがあります。十分、ご注意を」

猫の使者が短く指示を飛ばしたその直後、通路の天井から乾いた砂がぱらぱらと降った。続いて、背後で低い唸りとともに小さな落盤が起こり、通路を照らしていたランタンの光が一瞬、煙と塵で曇った。
「今のうちに距離を取りましょう!」

猫の使者が腕を振る。崩れた破片が背後を塞ぎ、追ってくる足音が数歩ぶんだけ遠のいたようだった。小規模な落盤はウーセルたちの進路を完全に塞ぐには至らなかったようだが、幾分かその足を遅らせるような状況にはなったようだった。

しばらく歩いた一行の前に、錆びた点検柵が現れた。錆びついた鉄格子の柵は一行の行く手を完全に阻んでいた。

柵の向こう側には細い踊り場が続いているのが見える。猫の使者が膝をつき、錠前と蝶番を素早く目で測る。

「鍵は腐食しています。――テコでいけます」

短剣の峰を噛ませ、体重を乗せる。ぎい、と悲鳴を上げて蝶番が半回転した。

アイアイとグリグリが両肩で押す。柵が弾け、四人は連なって踊り場へ躍り出た。猫の使者がすかさず柵を引き戻し、斜めに歪んだ格子を逆利用して通路側からは開かないよう噛み合わせる。

柵の向こう側では、今や何体もの人形たちが合流しているらしく、その足音が幾重にも重なって四人のもとに届いていた。

踊り場から続く道は、円形の曲率を帯びて続いていた。円形の部屋の壁の裏側を沿うように走る、細い環状の管理通路――あきらかに広間の外周に密着する道であることがわかった。

「右壁の向こうにおそらく広間があります。どこかで広間とつながる出入口があるはずです」

オイラーが囁き、壁を軽く叩く。コン、コ……コン。返響が浅く、広い。確かに、その先に“広間”がある。

オイラーがふらつく体のまま、壁をたたき続けた先に、鋲で留められた点検板がみつかった。人ひとりがやっと通れる幅。板の縁には銅管が走り、青白い光が細く流れている。

「ここを抜ければ……」

猫の使者が短剣で鋲をこじ開ける。錆の粉が舞い、金属が小さく悲鳴を上げる。

その間にも、環状通路の進行方向側からぬち、ぬち、と布を引きずる湿ったような音が聞こえてくる。

「……っ、急いでぇえ!」
グリグリが声を裏返す。

「静かに。音で呼ぶことになります」

猫の使者は低い声で制し、最後の鋲を抜いた。板がわずかに浮く。

「押すよ」
アイアイが頷き、四人で板を内側へ押し込む。きしりと、空気が入れ替わる音。

次の瞬間、管理通路側に向かって冷気が四人の頬を撫でた。目の前に開いたのは、確かに先ほど逃げ出した広間だった。逃げ出した扉とはちょうど反対側に到達したようだった。

円形の空間の中央――台座は先ほどとは比べものにならない光を帯び、縁の紋様が呼吸のように脈動している。薄い霧は床近くにたまり、ゆっくりと渦を描いていた。

アイアイの胸でデバ石が応えるように強く脈を打ち、まるでもう一つの心臓かのように鼓動を打ち始めた。

「……戻ってきた」
アイアイの口から吐息のような声が漏れた。

猫の使者が身を低くして広間全体へ目をやる。
「広間の中央周辺、現在、対象はなし。……外縁に二体の対象あり、壁のほうを向き、こちらには気づいている様子はなし」

導力室の轟音に群れが引き寄せられた影響だろう、密度は散らばっている。とはいえ、いつこちらへ向き直るとも限らないし、いつ大群がなだれ込むかもわからない。環状通路の先からは、なおも擦過音が忍び寄る。

時間はない。

オイラーがよろめきながらも壁に耳を当てた。

「……うん。あの台座に向かって、はっきりした振動が続いてる。……いけるよ」今にもふさがりそうな瞼の奥に、わずかな光が灯る。

アイアイは無意識に仲間たちの手を握り直し、裂け目の向こう、脈動する紋様を見据えて言った。「合図で、僕とグリグリは一気に中央へ。ウーセル2体は、使者さん、なんとかしてください。オイラーはここに残ってこの点検口をふさいでほしい。」

猫の使者は短く頷き、声を落とす。
「わかりました。なんとかしてみせます」

それぞれに無理を強いることになることはわかっていた。

アイアイは皆が生き残るため、そして目的のため、最短の時間の中で、考え、気づけば答えを皆に伝えていた。

アイアイが考え抜いたこと、その覚悟は伝わり、グリグリでさえ弱音の一つも吐かず、すでに合図を待つ姿勢になっていた。

導力は目覚めた。答えは手の届くところにある。

恐怖も、不安も、いまは踏み越えるしかない。

それぞれが今できることをやるしかない。

「……行こう」

アイアイの合図に、四人は同時に身を屈め、はじけるように自らの役割の場所へ動き出した。

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