アイアイの大冒険 第四章⑨

第四章

しばしの休息のあと、四人は意を決して小講義室の扉を押し開けた。

廊下の先には、まだひんやりとした冷気と、どこかでざわめくような気配が漂っていた。

アイアイの胸の奥ではデバ石が微かに震え、先に進まなければならないと告げているようだった。

「……あっちに向かうってことだよね…」
アイアイが前方を指差すと、グリグリはすぐに顔をしかめて足を止めた。

「や、やっぱり無理だって!なんかうっすら遠くで動いてるの見えるもん!うー」
尻尾を丸めて泣きそうになるグリグリの声が廊下に響いた。

確かに、薄暗い廊下のずっと先には何かうごめいているものが確認できた。

「……でも、行くしかない」

アイアイは震えを抑えるように自分の胸を叩いた。そしてグリグリの肩に手を置き言った。

「答えは、あの先にしかないんだ」

グリグリを説得するのに時間がかかり、進むと決心してくれた頃には、日が落ちて来たのか、廊下はすっかり暗くなっていた。

猫の使者がため息をひとつつき、外套の内から古びたランタンを取り出した。
火を点すと、暗い廊下に淡い光が広がる。石壁に貼り付いた苔が照らされ、陰影が不気味に揺れた。

進むにつれ、三人は思わず息を呑んだ。

壁一面に、無数の肖像画が掲げられていたのだ。先ほどは必死で走って逃げていたので目に止まることはなかったが淡い光に照らされた肖像画群はひどく不気味に思えた。

描かれているのは学舎の教師や学者たちだろうか。だが湿気に侵され、顔の部分だけが黒く滲んでいて、誰もがこちらを睨んでいるように見える。

「ひぃっ……誰なのこのオジサンたちー!!」

しばらく進んでもオジサンたちの肖像は光の中に現れ続けた。その中の一つの像がカタンといってずれ落ちそうになった。

それに対してグリグリが「ヒィ」と短く震え声を上げたとき、猫の使者が顔をしかめて低くつぶやいた。

「あー……やってしまいました。気づくのが遅れました。これは――灯の光に、ウーセルが引き寄せられている」

その言葉どおり、前方、光の端に白い影がふらりと現れた。
のっぺりとした顔の白い人形が、足をずりずりと引きずりながら近づいてくる。

「ひゃああぁぁぁ!」
グリグリの悲鳴がこだまする。

「しっ! グリグリ!静かに!」
アイアイが振り返り、両手をグリグリの口にあて、必死に押し殺した声で制した。

にじり寄ってくる白い人形。身構える猫の使者。緊迫の空気の中、ただ一人だけ、オイラーは壁際にしゃがみ込み、地面に耳をぴたりと当てた。

「……ふぁ……あ……」大きな欠伸のあと、のんびりとした声が響いた。
「うん…やっぱり…ちょうど左の部屋だね。この部屋の奥に、地下に降りる入り口があるよ」

「なっ……えっ?えっ?そんな呑気に……!」
グリグリの抗議を遮るように、アイアイが叫んだ。
「行こう! 左の部屋だ!突き進め!」

四人は一斉になだれ込むように左の部屋へ飛び込んだ。

その背を守るように、猫の使者が短剣を逆手に構え、素早く白い人形に投げつける。
刃は人形の足に突き刺さり、人形はぐらりと揺れて床に崩れ落ちた。

部屋の中に滑り込んだ一行は、荒い息を整えながら扉を閉じた。

猫の使者は扉の隙間から廊下を確認し、オイラーは再び床に耳を当てる。二人は目を合わせ、わずかにうなずき合った。

「……後続は来ていないようですね」
猫の使者の言葉に、アイアイは胸をなで下ろした。

そして猫の使者は廊下に出て、倒れて緩慢に這う白い人形を観察していた。

もう脅威はないと判断し、アイアイたちにも『もう大丈夫そうだ』と伝える。

その後も白い人形の観察を続けていたが、その間も白い人形は這い進み続けていた。
 
すると人形は猫の使者のすぐ脇を無視するかのように通り過ぎ、部屋の扉へ進んでいく。

その先には、背を向けて地下への入り口を探しているアイアイとグリグリの姿があった。

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