
どれほど走ったのか、三人はついに息をつき、崩れ落ちそうな小部屋に身を隠した。
そこは学舎の一角にある小講義室の跡で、壁の半分は崩れて穴が空き、外の冷気がしみ込んできていた。
いまのところは白い人形、ウーセルの群れの気配は追ってこない。
しばらくは、ここが安全圏に思えた。
グリグリは床にへたり込み、肩で荒い息を繰り返していた。
「はぁ……はぁ……もうダメだと思った……。あいつら……あの人形……なんなんだよ……」
震える声には、恐怖と疲労が混じっていた。
猫の使者は壁際に立ち、耳を澄ませて周囲を確認してから静かに口を開いた。
「幻影かと思いましたが……先ほどは触れられるほど近づいてきた。あれは単なる影ではなく、実体を持っているようでした。今度は消える様子がなかった。それに、数が増えすぎています。防衛システムの残滓だとしても……制御を失っているのかもしれませんね」
アイアイは両膝を抱えながら、首を振った。
「でも……ただの防衛システムだって思いたいけど……何を守ってるんだろう。あの台座? それとも……ぼくらを、近づけさせないために?それこそ、誰が何のために?」
そう口にした瞬間、胸の奥でデバ石が小さく熱を帯びた。
あの広間を離れたことを、まるで責めるかのように。
「……やっぱり、あそこに戻らなきゃダメだ」
アイアイは拳を握りしめて言った。
「広間の台座……なにかが起こる寸前だった。あれを確かめないと、アイルが導こうとした理由も分からない」
「そうですね。もう一度、ある部屋に戻らなければならないでしょうね…」
猫の使者がうつむいた姿勢のまま、返した。
グリグリは顔をしかめ、必死に否定するように首を振った。
「でも! ウーセルがあんなにいっぱいいるんだよ!? 見たろ、あの数! ぜったい無理だって!」
恐怖が言葉の端々ににじみ、尻尾は小刻みに揺れていた。
猫の使者は今度はアイアイとグリグリ、二人の顔を見ながら言った。
「あの部屋に戻ることは絶対に必要だとは思います。しかし、無謀に飛び込めば命を落とす危険だってあります……」
「広間に続く別の道だってあるんじゃない!?この学舎は広い。必ず裏道や抜け道があるはずだよ!」
必死に叫ぶように話すアイアイに、グリグリがつぶやくように答えた。
「でも、もう広間自体、いまごろ、ウーセルのやつでいっぱいなんじゃないの…そんなところにいってどうするっていうのさ……」
三人はしばし沈黙した。
荒い息が少しずつ落ち着き、冷たい風が小講義室を吹き抜ける。
その風の中で、アイアイの心臓の鼓動だけが強く鳴り響いていた。
そのときだった。
「……ふぁ……あ……」
背後の崩れた壁の陰から、あくび混じりの声が聞こえた。
三人がぎょっとして振り向くと、そこに小柄な影が立っていた。
グリグリは気が付くと後方の壁に張り付いて、声をふるわせていた。
猫の使者はすでに短剣を構えて警戒している。アイアイが息をのんだタイミングに合わせるかのようにその影はこちらにゆっくり歩いてきた。
壁の影を抜け、光の中に現れたその正体は、土色の毛並みを持ち、丸い鼻先をひくひくと動かす少年
――モグラ族だった。

瞼はとろんと重そうで、今にも眠り込んでしまいそうな顔をしている。
「……あんまり……騒がしいから……起きちゃったよ……」
眠たげに目をこすりながら、少年はぽつりとそうつぶやいた。
新たな存在の登場に、三人は言葉を失った。
学舎の闇に潜んでいたのは、ウーセルだけではなかったのだ。
モグラ族の少年は、まったくひるむ様子もなく歩き近づいてきた。
「おいら、オイラー…あんたら…こんなところで何やってんの?」
そう言ってから、オイラーはゆっくり目を瞼を閉じた。


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