アイアイの大冒険 第四章④

第四章

白い人形が透けるように消え去った後、廊下は深い沈黙に包まれた。

冷気はなお残り、空気は張りつめたままだった。ついさっきまで異形の存在が横たわっていたはずの場所を見つめても、そこにはただの石畳が広がっているだけだった。

だが、三人の胸には「確かにそこにあった」という実感があった。

猫の使者が膝をつき、指先で床を探るように撫でた。
「……学舎の防衛システムの一種でしょうか。魔術か何かのたぐいで、この学舎を守るための仕掛けか……。外からの侵入者を拒む幻影のようなものかもしれません。そのシステムだけが今も、生きているのかもしれませんね。」

彼は立ち上がり、外套を払って視線を奥へと向けた。
「いずれにせよ、まだ先に進まねばなりません」

アイアイは深呼吸をし、震える手でデバ石を握った。
「……そうだね。ここまで来たんだ。……母さんが導いてくれたのなら、答えはきっと、この奥にある」

言葉に出すことで、自分を奮い立たせるしかなかった。

グリグリは不安げにアイアイの袖をつかみ、しっぽをぴたりと足に巻きつけた。
「……魔術なの?…おばけなの?…どちらにしてもものすごく怖いんだけど!」

「どちらにしても目的を果たしましょう」
猫の使者の声は冷静だが、その手が無意識に短剣の柄へ伸びているのをアイアイは見逃さなかった。

三人は歩を進めた。廊下の石畳はところどころ崩れ、天井から差し込む光が斑に揺れている。

風が吹き抜けるたび、塵が渦を巻いて人影のような跡を作っているように思えた。凝視しようとすると、ふっと消える。

歩き進めている間、背後を誰かが歩いているような錯覚が胸を締めつけた。

アイアイは気のせいだと自分に言い聞かせながら歩き続けた。葉を食いしばり、気づけば袖をにぎるグリグリの手をつよく握り返していた。不気味な廊下を通り、途中、崩れた箇所をなんとか避けながら探索を続けた。

やがて開けた広間にたどり着いた。

そこは円形の部屋で、かつては学舎の中心だったのだろう。

壁の一部は崩れ落ち、書棚の残骸や砕けた机が山のように積み重なっていた。
その中央に、石造りの台座が鎮座していた。

台座には円盤状の金属板がはめ込まれ、蜘蛛の巣のように複雑な線が刻まれている。
古びているはずなのに、線のいくつかは淡い光を放っていた。

まるで、今もなお脈打ち続けている心臓のようだった。

アイアイは思わず近づき、指先で円盤に触れた。
「……これ……旧塔の”鍵”に刻まれてる模様と同じだ」

そういって、アイアイは”鍵”を取り出した。しかし、台座にも、鍵にも何の反応もなく、

カース村でつかったときような”鍵”が入るようなくぼみも見つからなかった。

猫の使者は台座と鍵を交互に慎重に観察し、低くつぶやく。
「今のところどう使えばいいのかまではわかりませんが、これこそが地図の示す場所でまちがいなのではないでしょうか?アイルがあなたたちをここに導こうとした理由も、この装置にあるのでしょう」

グリグリは恐る恐る覗き込み、台座の縁に浮かぶ光を見つめた。
「まだ動いてる……壊れてないんだ」

「学舎の雰囲気には合わないような気がします。もしかしたら最近になって設置されたものなのかもしれませんね」
猫の使者の声は冷静だが、その瞳は鋭く光っていた。

「それはアイルが‥母さんが設置したってこと!?」
アイアイが尋ねると猫の使者は静かに首を振った。

「そこまではわかりません。我々にはまだわからないことだらけです。少なくても私が、今言えることは多くありません」

突然、アイアイの胸のデバ石が反応するように小さく震え、淡い光を放った。
台座と共鳴するかのように光が脈打ち、薄い霧が広間を覆っていく。

「……母さん……」
アイアイは声を震わせてつぶやいた。

「なにかが起きそうですね!下がっておいた方がいいでしょう」
猫の使者が二人に声をかけた、、、

そのとき――。
コトリ、と小さな音が広間の隅から響いた。

三人は同時に音のした方向に顏を向けた。

崩れた棚の影から、白い輪郭が浮かび上がってきた。
のっぺりとした顔、感情のない姿。
白い人形が、再び立っていた。

息を詰めるアイアイの横で、グリグリが喉をひくつかせ、震える声を張り上げた。
「……ウーセルだ!」

その呼び名が、広間の空気を凍らせた。白い人形が再びこちらに歩いてきていたのだ。

驚き、動きを止める三人だったが、背後の扉がギィという音を鳴らし三人を同時に振り向かせた。そこにもまた白い人形”ウーセル”がたたずんでいた。

「ギャー―――――」

グリグリの叫び声が凍っていた広場にこだました。

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