アイアイの大冒険 第四章③

第四章

廊下を進むごとに、冷気はさらに濃くなった。

足元の石畳はところどころひび割れ、そこから黒い草のようなものが伸びている。
誰も手入れをしていないはずのそれは妙に瑞々しく、まるで生きた血管が床を這っているかのように見えた。

グリグリは顔をしかめ、アイアイの背中にぴったりと身を寄せて歩いた。
「……ぼく、あんまりこういうとこ得意じゃない……」

「大丈夫。怖いのは僕も同じだよ。でも……行かなくちゃ」
アイアイは声を震わせながらも、口に出すことで自分を奮い立たせようとした。

やがて一行は、半ば崩れ落ちた図書室らしき空間に入った。

壁一面を覆っていた本棚は傾き、積まれていたはずの本は床に散乱し、湿気で膨れて形を失っている。

それでも、何冊かはまだ原型を留めていた。

猫の使者は片膝をつき、その中の一冊を拾い上げる。
革表紙はひどく脆くなっていたが、開けば文字ははっきりと残っていた。

「……やはり。この学舎は“記録”を守るための場所でした。魔術や技術の研究にとどまらず、日々の生活までも克明に書き残されていたようです」

アイアイは目を丸くした。
「そんなにたくさん……でも、どうして放っておかれたままなんだろう?」

「……確かにおかしいですね。これだけの知識量、移転されて他で活用されてもいていいはずです」

猫の使者は淡々と答えたが、その声には寂しさがにじんでいた。

ふと――ページの隙間から、すすり泣くような音が漏れ出した。
それは確かに、本から聞こえてきていた。

グリグリは飛び退き、床に散った本を蹴飛ばしてしまった。
「ひぃっ……! 本が……泣いてる……!」

アイアイも震えたが、勇気を振り絞って耳を近づける。
すすり泣きはすぐに笑い声へと変わり、最後にはかすれた風音となって消えた。

「気のせいです。湿気と風で紙が鳴っているだけでしょう」
猫の使者は表情を変えずに言った。

だが本を閉じる彼の手が、わずかに震えていたことにアイアイは気づいた。

一行が図書室を後にしようとしたその時――
廊下の奥で、かすかな白い光が瞬いた。

「……なに、あれ」
アイアイが目を凝らすと、光は人の形をとり、次第にこちらへと歩み出してくる。

輪郭は不鮮明で、顔もなく、ただ白い人影が揺らめきながら進んでくる。

グリグリは震える声を上げた。
「で、出たぁぁ……!」
彼はアイアイの腕をぎゅっと掴み、尻尾を逆立てる。

白い影は足音もなく、ゆっくりと全身を揺らしながら近づいてきた。

その動きは緩慢であるにもかかわらず、見ているだけで胸の奥がざわめく。
まるで「恐怖」そのものが人の形を借りて動き出したかのようだった。

猫の使者は静かに外套の中から小さな短剣を取り出し、構えた。
「……実体があるかどうか、、、試すしかありません」

次の瞬間、突然、白い影はふっと霧のように崩れ、残ったのはひとつの“白い人形”だった。
それはのっぺりとした顔をしており、目も口もない。綿のつまったぬいぐるみのようでもあり、ただ不気味に、床に転がっていた。

アイアイはごくりと唾を飲み込む。
「……なんなんだ、これ……」

返事をする者はいなかった。
学舎の奥は、さらに濃い闇で満ちている。

一行は顔を見合わせ、緊張を背負いながら、しばらく話し合ったが、この白い人形が何なのかの答えは出なかった。

猫の使者が屈みこんで、人形を調べていたとき、
アイアイの後ろからグリグリが口を開いた。

「ウー…セ……ル?」

その言葉でアイアイと猫の使者の視線がグリグリに注がれた。

「何ですか?それは?」猫の使者が尋ねた。

「なんですかっていうか。そいつの首元にそう書いてある」

そうして三人が再び人形を見たとき、人形はうっすらと地面に溶け込むように透けていっていた。

「なにどういうこと!?」声をあげるアイアイを尻目に猫の使者は人形に手を伸ばした。伸ばした手は人形をすり抜けるように地面をたたいた。

驚く三人の目の前で、一同に謎を残したまま、首元を調べる間もなく、数秒後にはすっかり何もなくなっていた。

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