アイアイの大冒険 第五章33
先ほどまでの強烈な崩落音が、ようやく遠のき始めていた。
学院中心部。
かつて広場だった場所は、もはやその面影すら残していなかった。
砕けた石材が折り重なり、崩れ落ちた柱の影から、白い粉塵がゆっくりと立ち上っている。
空気は焦げ、鼻を刺す匂いが残っていた。
「……くそ……」
ヘルマンは、瓦礫の縁で足を止め、
その光景を前に、短く息を吐いた。
視界の中央。
地面は、大きく――抉り取られていた。
学院の建物群は、中心部を丸ごと失い、
その下にあるはずの構造層すら貫かれている。
底が見えないほど深い、巨大な空洞。
「……地下層まで、抜けています。どこまで続いているか見当もつきません。」
隣にいた部下が、声を抑えて報告する。
「……あの一撃で、か」
ヘルマンは、歯を食いしばった。

結界。防壁。
数代にわたって積み上げられてきた学院の防衛。
それらが、一瞬で――
“なかったこと”にされた。
「負傷者は?」
「確認中です。……非難は完了していたはずですが、何人か巻き込まれた可能性もあります……」
「……確認を続けろ」
声は低く、短い。
だが、その内側で、焦りが確かに蠢いていた。
そこへ、別の伝令が駆け寄ってくる。
「ヘルマンさま! 学長との通信が――」
ヘルマンの視線が、鋭く向けられた。
「……どうした」
「……つながりません」
一瞬、言葉が空白になる。
「学長は……?」
「ここ…中心部に、いたはずです。
直前まで、指示を出されていました」
ヘルマンは、瓦礫の向こう――
空洞の縁を、もう一度見た。
(……まさか)
喉の奥で、言葉が引っかかる。
「……学院内で……」
部下の声が、わずかに震えた。
「……この学院内で…あの学長が……死ぬなんてことが……ありえるんでしょうか」
返答は、すぐには出なかった。
ヘルマンは、目を伏せ、一度だけ、強く息を吐いた。
「……捜索は続けろ」
声を整える。
「生死を決めるな。他の者にもなるべく漏らすな。今は、確認だ」
「……はい」
部下が下がるのを見届け、
ヘルマンは、拳を握りしめた。
(……メリウス……)
考えたくない。
だが、考えないわけにもいかない。
――しかし。
今は立ち止まるわけには行かない。メリウスがいようがいまいが、学院の防衛が先だ。
学院の安全の責任は、今やヘルマンの両肩に重くのしかかっていたが、ヘルマンはすぐに頭を切り替えることができた。
やれることを積み重ねるしかない。
「今はドラゴンへの対処が最優先事項だ。防衛部に結界の再出力を要請!精鋭部隊はドラゴンのところに到着したのか?」
部下の一人が答える。
「防衛部、結界に関しては10分以内に再出力可能だそうです。」
ヘルマンが顔を別の部下に向ける。
「……精鋭部隊は!?」
「それが‥‥」
ヘルマンから問われたカラス族の部下は明確に口ごもった。
「中空、外縁部、周辺空域――
どこにも反応がありません!」
一拍。
「……なにが…だ?なんの反応がないというのだ…?精鋭部隊のか?」
「……失礼いたしました…ドラゴンの…です。ドラゴンの反応がありません」
「…ドラゴンが…消えた‥ということか?」
カラス族の男はヘルマンをまっすぐ見て言った。
「…はい…ドラゴンが消えました」
ドラゴンは、学院を破壊し、
そして――姿を消した。ということらしかった。

逃走か。転送か。
それとも――
(……まだ、終わっていない)
ヘルマンは、ゆっくりと立ち上がった。目まぐるしい状況変化にめまいがしそうになりながらも杖に力をこめ立ち上がった。
「……各部隊に通達」
声に、迷いはなかった。
「学院全域の臨戦態勢解除、警戒態勢に引き下げ。
負傷者救助を最優先。 同時に、未確認存在の動向を追え」
破壊された中心部。
行方の知れない学長。
姿を消したドラゴン。
――そして。
ヘルマンは、瓦礫の影に残る、
わずかな光の痕跡に、ふと目を留めた。
光の筋は、開いた大空洞の底に向かって伸びていっているように見えた。
それが何なのか、
この時点では、まだ――わからなかった。
だが、胸の奥に、嫌な予感だけが残る。ヘルマンは、崩れた中心部を背に、
次の指示を出すため、歩き出した。

