アイアイの大冒険 第二章⑩【第二章 完】

第二章

誰かが扉を閉じる音もしなかったのに、気づけば階段の上はまた闇に閉ざされていた。

 “シーカー”が残した余韻は、石壁に染み込むように、その場にじっと留まっている気がした。

アイアイは部屋の中央にある石の台座に近づき、その表面をそっとなでた。

先ほど、アイルの記録が再生された端末。だが今は何も反応しない。

「……なんだったんだろうね、あの人」
 グリグリがぽつりとつぶやく。

「シーカー、、、わからない。でも、アイルを知ってるって言ってた。それだけでも、無視できない」

アイアイは刻印から目を離し、部屋の全体を見回した。

「“鍵”が必要なんだ。そう言ってた。この塔のどこかにあるって」

猫の使者がうなずいた。
「この塔の構造からして、少なくとももう一部屋は隠されていても不思議ではありません。そしてこの部屋も構造上、この壁の向こうに何かありそうですが」

アイアイは壁を手で軽くたたきながら歩き、グリグリも床を注意深く見ていた。

数分後、アイアイがふと立ち止まった。

「……これ、何か仕掛けっぽい」

彼の足元には、ほかの床石と微妙に色が異なる一枚の石板があった。

猫の使者が素早く近寄り、腰のポーチから小さな針のような道具を取り出して石の継ぎ目に差し込む。ごくわずかな音とともに、床の石がカチリと沈み込んだ。

その直後、部屋の一角の壁が、石ごと後ろへと押し出されるようにして、静かに開いた。

そこには、狭くて暗い通路が続いていた。

「やっぱり、あった……!」

アイアイが声をひそめながら目を見張る。

通路の奥からは冷たい空気が流れてきて、そこが長く閉ざされていた空間であることを示していた。

「行こう。たぶん、“鍵”って、こっちにあるんだ」

三人は順にその通路に足を踏み入れた。灯りはなかったが、猫の使者が腰から取り出した小型の光源が、かすかに壁を照らした。

通路の奥には、小さな保管室のような空間が広がっていた。棚の上には石板や巻物、封のされた小箱が整然と並んでおり、空気にはわずかな乾いた匂いが漂っている。

中央の机に、なにか布をかぶせたものが置かれていた。アイアイがそれをそっとめくると、そこには、小さな装置のようなものがあった。

それは、片手で持てるほどのサイズで、金属と透明な素材が組み合わさっている四角い物体だった。何かの端末のようにも見えたが、装飾が細かく、明らかに実用品というより儀礼的な目的を帯びているようだった。

グリグリが思わず声を漏らす。
「……これ、鍵なのかな」

猫の使者が慎重に手袋をしたまま装置を持ち上げ、裏側を確認した。
「識別コードがあります。《K-AL10》。城で見た記号との一致が見られます」

「ということは……この装置が“鍵”なんだ」

アイアイが頷いたそのとき、塔の奥からかすかな振動音が聞こえた。

──何かが、遠くで動いた。

三人は顔を見合わせると、すぐに部屋を出て元の空間へと戻っていった。

──だが、部屋の台座も、壁も、何も変化はなかった。あらゆるところに『鍵』をかざしたり、入れ込む穴がないか探したが

「……うーん?何も起きないよ?」

グリグリがきょろきょろと辺りを見回した。

「たぶん……これは、ここじゃ使わない“鍵”なんだ」

アイアイの声に、猫の使者がうなずいた。
「この装置は、今後どこか別の場所で使うために、この塔に保管されていたのでしょう。何か…誰かがしっかりと準備したような……」

「じゃあ、次の『廃墟』って──その“鍵穴”を探す旅、ってわけか」

グリグリの言葉に、アイアイはふっと笑った。

そうして三人は、再び塔の出口へと向かって歩き出した。

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三人が塔の出口に向かって歩き出そうとしたとき、アイアイが足を止めた。
「……待って。さっきの振動音、また聞こえる」

アイアイが”鍵”を手にしたときに聞いた振動音が確かに奥の部屋から響いていた。

中央に焦げたような跡が残る部屋まで戻ってきたとき振動音の答えが見つかった。

──そこには、明らかな異変があった。

中心部分の空間が、揺らめくように波打っている。まるで水面のように、薄膜のように、奥行きのない揺れ。それが、まるで“向こう側”をつないでいるように見えた。

猫の使者が独り言のようにつぶやく。

「ポータル・・・転送ポータル・・・」

アイアイがそっと手を伸ばしかけたそのとき、部屋の隅に人影があった。

黒衣。シーカーだった。

「触るな。それが連結だ。今はもう使っていいような状態じゃない・・」

低く、かすれた声。

「どこに通じてるの?」と、アイアイ。

シーカーは一瞬沈黙し、そして答えた。

「断たれた道。いずれ再び開かれるかもしれぬが、今はただ……崩れている」

「でも、動いたんだよ?」とグリグリが割って入る。「こっちが“鍵”を手に入れたら、ちょうどみたいに」

それに対し、シーカーはふたたび沈黙したが、グリグリの方を見て一瞬の静止の後、話し始めた。

「開きはしたが、呼応しただけだ。通れるとは限らない。それを使わないように私が来たのだ。」

猫の使者が慎重な声で言う。
「不安定な転送は、座標を失った旅と同じです。戻ってこられない。もしくは・・引き裂かれる可能性すらあります。」

部屋に沈黙が戻る。

揺れていた空間は、まるで呼吸が止まったように、静かに波打ちをやめていく。

「歩いて行け。それはお前たちの目的地につながってるだけだ、歩いてでも行ける。」
それがシーカーの最後の言葉だった。

彼が再び壁の影に沈む頃には、ポータルの光も消えていた。

三人は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

やがて、何も起きないことを確かめるように、それぞれがゆっくりと頷いた。

そして、今度こそ塔の出口へ向かった。

扉を押し開けると、外の空気が流れ込んでくる。草原の風。青い空。

霧は晴れ、丘陵の山々の緑は美しく、小鳥たちのさえずりをはらんだ風が、頬を心地よく撫でた。

塔の中の鬱屈とした空気とは裏腹に澄んだ空気が自然と三人の表情を緩ませた。

三人は顏を見合わせ、アイアイは、これからも続く旅に向け、自らに激昂の言葉を発しようとした。

だが、そのとき風が止んだ。

空気がわずかに沈みこみ、重さを帯びる。

鳥の声が途絶えた。

グリグリが顔を上げた。

「……なんだ、あれ」

空の遠くに、影。

それは翼を広げ、風を切らずに滑るように進んでくる。

黒灰色の鱗。金の双眼。大きく、しなる尾。

それは、間違いなく──ドラゴンだった。

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