学院の廊下は、再び喧噪に満ちていた。
それは昨日よりも確実に強い恐怖を帯びた“喧噪”だった。

遠くで鳴り続ける警報が、石の床を震わせ、
複数の足音と短い指示の声が交錯している。

「全学生は居住区画へ!研究棟への立ち入りは禁止!」
「外縁部封鎖完了!結界、第二段階へ移行!」

アイルは、メリウスの背中を見ながら、思わず足を止めた。

(……守られてる)

その事実が、今はひどく重たかった。

「学長」
スペーラーが静かに呼びかける。
「避難は理解しますが、ドラゴンの位置は?」

「外縁部西側。今は『第65代ノイワール学長記念塔』に、しがみついて学院を眺めているところだ」

メリウスは即答した。

やはり学院内で起こることはすべて『わかる』ようになっているらしい。

「転送直後で混乱している。学院の結界を破る意志は、今のところ見えない」

「……“今のところ”、ですか」

「ドラゴンは理性的な種だ。だが、君が言った通り――彼は“目的”を持っている」

スペーラーの視線が、わずかに揺れた。

「目的が、私なら――」
「その可能性は高い」

メリウスは立ち止まり、三人を振り返った。
その表情は、昨夜の柔らかさとは違う。
学院の長としての、冷静で、線を引く顔だった。

「だからこそ、君たちは居住区画に留まってもらう」
「……留まる?」

シーカーが眉をひそめる。

「ここは学院だ。『守る』責任がある。少なくとも私が学長の間はそうさせてもらう」
メリウスは穏やかに、しかし断定的に言った。
「君たちは『客人』であり、『未登録の存在』でもある。外に出すわけにはいかない」

「それは――」
アイルが言いかけて、言葉を飲み込んだ。

“正しい判断”だと、わかってしまったからだ。

「避難区画は『最奥』だ。結界も厚い。ドラゴンが侵入する可能性は、、おそらく低い」

「……でも」
アイルは、胸元を押さえた。

(モヤモヤ……)

「学長・・・」
今度は、はっきりとアイルが言った。
「もし、モヤモヤが……学院の外にいたら?」

メリウスの視線が、わずかに鋭くなる。

「行方不明の存在については、こちらでも調査する」
「それは、“守りながら“の調査ですよね」

沈黙。

「私たちは……」
アイルは、シーカーとスペーラーを見た。
「守られるだけで、何も知らされない場所にいるのは……」

「それは怖いことだと?」
メリウスが静かに問う。

「……はい」
アイルは正直に答えた。
「でも、それ以上に――何もできないのが」

シーカーが、ゆっくりとうなずいた。

「彼女!閉じ込められるのは、慣れてない。どうせまた飛び出しますよ…」
「ふー……」
スペーラーが口角をあげながら短く息を吐く。
「私は……ドラゴンを知っています。
 彼が“追ってくる”理由も……薄々ですが」

メリウスは、三人を順に見た。
その目には、迷いがあった。

「学院は、『全て』を『守る』場所だ」
「でも」
アイルが一歩、前に出る。
「全部を守るために、誰かが動かなきゃいけない選択もあるはずですよね。それにスペーラーならドラゴンを止めることができるかも…」

「ふー…かも。」
スペーラーが首をかしげ、メリウスをまっすぐに見つめる。

「ふー。どうにかできるかは、ドラゴンの様子をこの目でたしかめる必要があります。先ほどのヘルマンさんとの通信に使ったビジョンは…?」

「‥‥あれは、ある程度の権限以上の者同士でしか使えん」

「でしょうね・・・ふー。なら直接出向くしかありませんね…」

警報が、一段高い音に切り替わる。

遠くで、
――轟音。

「……時間がない」
メリウスは、低くつぶやいた。

そして、決断するように告げる。

「選びなさい」
「居住区画で、「守られる』か」
「それとも――私の“管理外”として『動く』か」

その言葉は、選択ではなく、許可だった。

アイルは、答える前に、胸の奥に問いかける。

(モヤモヤ……どこにいるの……)

答えは返ってこない。
だが――

アイルは、顔を上げた。

つづき第五章30へ

ABOUT ME
Hikasawa Kikori
3本柱!メインテーマは『犬・めし・小説』 スイス・ホワイト・シェパード「ラテ」と暮らしながら、時短で美味しい“パパ料理”を研究中。冷凍野菜を中心に、忙しくても作れるリアルな家庭料理を発信しています。 もうひとつの柱は、オリジナル小説『アイアイの大冒険』。AIと共に世界観を構築し、物語や挿絵を創りあげていく過程を公開中。 SNS運用・AI活用にも挑戦しつつ、日々の気づき、創作の舞台裏、ラテとの穏やかな時間を綴っていきます。 長崎出身。大学で東京へ。東京で結婚。家族と2年オランダへ。帰国後、広島で過ごす。