アイアイの大冒険 第五章29
学院の廊下は、再び喧噪に満ちていた。
それは昨日よりも確実に強い恐怖を帯びた“喧噪”だった。
遠くで鳴り続ける警報が、石の床を震わせ、
複数の足音と短い指示の声が交錯している。
「全学生は居住区画へ!研究棟への立ち入りは禁止!」
「外縁部封鎖完了!結界、第二段階へ移行!」
アイルは、メリウスの背中を見ながら、思わず足を止めた。
(……守られてる)
その事実が、今はひどく重たかった。
「学長」
スペーラーが静かに呼びかける。
「避難は理解しますが、ドラゴンの位置は?」
「外縁部西側。今は『第65代ノイワール学長記念塔』に、しがみついて学院を眺めているところだ」
メリウスは即答した。
やはり学院内で起こることはすべて『わかる』ようになっているらしい。

「転送直後で混乱している。学院の結界を破る意志は、今のところ見えない」
「……“今のところ”、ですか」
「ドラゴンは理性的な種だ。だが、君が言った通り――彼は“目的”を持っている」
スペーラーの視線が、わずかに揺れた。
「目的が、私なら――」
「その可能性は高い」
メリウスは立ち止まり、三人を振り返った。
その表情は、昨夜の柔らかさとは違う。
学院の長としての、冷静で、線を引く顔だった。
「だからこそ、君たちは居住区画に留まってもらう」
「……留まる?」
シーカーが眉をひそめる。
「ここは学院だ。『守る』責任がある。少なくとも私が学長の間はそうさせてもらう」
メリウスは穏やかに、しかし断定的に言った。
「君たちは『客人』であり、『未登録の存在』でもある。外に出すわけにはいかない」
「それは――」
アイルが言いかけて、言葉を飲み込んだ。
“正しい判断”だと、わかってしまったからだ。
「避難区画は『最奥』だ。結界も厚い。ドラゴンが侵入する可能性は、、おそらく低い」
「……でも」
アイルは、胸元を押さえた。
(モヤモヤ……)
「学長・・・」
今度は、はっきりとアイルが言った。
「もし、モヤモヤが……学院の外にいたら?」
メリウスの視線が、わずかに鋭くなる。
「行方不明の存在については、こちらでも調査する」
「それは、“守りながら“の調査ですよね」
沈黙。
「私たちは……」
アイルは、シーカーとスペーラーを見た。
「守られるだけで、何も知らされない場所にいるのは……」
「それは怖いことだと?」
メリウスが静かに問う。
「……はい」
アイルは正直に答えた。
「でも、それ以上に――何もできないのが」
シーカーが、ゆっくりとうなずいた。
「彼女!閉じ込められるのは、慣れてない。どうせまた飛び出しますよ…」
「ふー……」
スペーラーが口角をあげながら短く息を吐く。
「私は……ドラゴンを知っています。
彼が“追ってくる”理由も……薄々ですが」
メリウスは、三人を順に見た。
その目には、迷いがあった。
「学院は、『全て』を『守る』場所だ」
「でも」
アイルが一歩、前に出る。
「全部を守るために、誰かが動かなきゃいけない選択もあるはずですよね。それにスペーラーならドラゴンを止めることができるかも…」
「ふー…かも。」
スペーラーが首をかしげ、メリウスをまっすぐに見つめる。
「ふー。どうにかできるかは、ドラゴンの様子をこの目でたしかめる必要があります。先ほどのヘルマンさんとの通信に使ったビジョンは…?」
「‥‥あれは、ある程度の権限以上の者同士でしか使えん」
「でしょうね・・・ふー。なら直接出向くしかありませんね…」
警報が、一段高い音に切り替わる。
遠くで、
――轟音。
「……時間がない」
メリウスは、低くつぶやいた。
そして、決断するように告げる。
「選びなさい」
「居住区画で、「守られる』か」
「それとも――私の“管理外”として『動く』か」
その言葉は、選択ではなく、許可だった。
アイルは、答える前に、胸の奥に問いかける。

(モヤモヤ……どこにいるの……)
答えは返ってこない。
だが――
アイルは、顔を上げた。
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