警備室を出ると、廊下の空気は驚くほど静かだった。
さきほどまでの張りつめた気配が嘘のように、石壁に反射する淡い灯りが、学院の夜を穏やかに包んでいる。

「……急に、静かですね」
シーカーがぽつりと言った。

「ふー……嵐を抜けた、というやつでしょう」
スペーラーはいつもの調子で肩をすくめつつ、視線だけは周囲から離さない。

メリウス学長は先頭を歩きながら、振り返らずに告げた。
「今夜は客用区画に案内しよう。研究棟からは距離があるが、休むには適している」

「……本当に、泊まっていいんですか?」
アイルが遠慮がちに尋ねる。

「『泊まる』というより、『預かる』が近いかな」
メリウスは足を止め、穏やかながらも含みのある笑みを浮かべた。
「だが、拘束はしない。この学院に、必要なのは『管理』ではなく、『理解』だ」

胸元でモヤモヤが、ほっとしたように弱く光る。
アイルはそれを感じ取り、小さく息を吐いた。

通された部屋は簡素だったが、整えられていた。

石造りの壁、低い天井、並んだ三つの寝台。
天井近くの採光板から、夜の淡い光が差し込んでいる。

「……ベッドだ……」
シーカーはそれだけ言うと、力が抜けたように腰を下ろした。

「正直……捕まって終わりだと思ってた」

「ふー……私も」
スペーラーは水差しを手に取りながら淡々と答える。
「学院という場所の性質上、終わりというよりも”死ぬまで幽閉”が現実的でしょうけど」

メリウスは扉の前で立ち止まり、三人を見渡した。
「今夜は誰も呼びに来ない。警備も解除してある」
そして少しだけ声を落とす。
「だが、明日からは話を聞く。君たちがここへ来た『経緯』をね」

「……わかりました」
アイルは静かにうなずいた。

「今日は休みなさい。長い一日だった」
そう言って、メリウスは扉を閉めた。

しばらく、部屋には沈黙が落ちた。
張りつめていた糸が、ようやく緩んだような静けさだった。

やがて――
シーカーが、ゆっくりと口を開いた。

「……なあ、アイル」

「……うん…」

「光の柱のことだけどさ…」
その言葉に、アイルの肩がぴくりと揺れる。

「俺たち、あのとき止めたよな」
責める声ではなかった。ただ、事実を確認するような声音だった。
「でも、お前……迷わなかった」

アイルは視線を落とした。
寝台の縁をぎゅっと握りしめる。

「……うん」
小さな声だった。
「止められなかった。好奇心が……勝っちゃった」

沈黙。

「光ってて、きれいで……理由なんて、あとから考えればいいやって」
アイルは言葉を探すように続ける。
「私ひとりなら、それでよかったのかもしれない…でも……」

顔を上げる。
シーカーと、スペーラーを順に見た。

「……あなたたちまで、巻き込んだ。…迷惑をかけた…」
声が、わずかに震えた。

「軽率だった。本当に……ごめんなさい」

モヤモヤが、胸元で小さく揺れた。
アイルは、それに気づかないふりをして続ける。

「私が飛び込まなければ、こんなことにはならなかった。
 シーカーたちが捕まることも、怖い思いをすることも……」

「アイル…」
シーカーが、遮るように呼んだ。

アイルは顔を上げる。

「確かに、無茶だった」
シーカーは真っ直ぐ言った。
「でもな、少なくとも俺がここに来たことは……なんというか…迷惑じゃない」

「……え?」

「お前の無茶があるから…お前が世界を広げてくれてるんだよ…」
少し照れたように視線を逸らしながら、シーカーは続ける。
「お前、ああいう時、止まらないだろ。だから――俺だって…なんというか…」

「ふー……結果論ですが」
話が進まないシーカーに代わってスペーラーが口を挟む。
「私としても、興味深い事故でした。命の危険は……まあ、想定内です」

「ちょっと!まだ俺の話の途中ですよ。スペーラーさん!」
シーカーが思わず声を上げる。

「ふー……ですが」
スペーラーは珍しく真面目な表情で続けた。
「あなたが謝る必要はありますが、ひとりで背負う必要はありません。選択は、それぞれ個々の意志によって行われたものです」

シーカーがうなずく。
「そういうことだ」

アイルはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……ありがとう」

胸の奥に溜まっていた重さが、少しだけ軽くなる。

「でも、次は――」
シーカーが指を立てる。
「ちゃんと相談しろ。飛び込む前にな」

「……うん」
アイルは、今度ははっきりとうなずいた。

部屋の灯りが、静かに揺れる。
学院の夜は、深く、しかし確かに彼らを包み込んでいた。

しばらくの沈黙の後、モヤモヤがシーカーを見つめて口を開いた。
「ヨカタ…ヨカッタ…シーカー」


「えっ!?」
シーカーとスペーラーは目を見開き、しばらくは開いた口を塞ぐことができなかった。

 部屋の灯りが、静かに揺れ続けていた。

つづき第五章28へ

ABOUT ME
Hikasawa Kikori
3本柱!メインテーマは『犬・めし・小説』 スイス・ホワイト・シェパード「ラテ」と暮らしながら、時短で美味しい“パパ料理”を研究中。冷凍野菜を中心に、忙しくても作れるリアルな家庭料理を発信しています。 もうひとつの柱は、オリジナル小説『アイアイの大冒険』。AIと共に世界観を構築し、物語や挿絵を創りあげていく過程を公開中。 SNS運用・AI活用にも挑戦しつつ、日々の気づき、創作の舞台裏、ラテとの穏やかな時間を綴っていきます。 長崎出身。大学で東京へ。東京で結婚。家族と2年オランダへ。帰国後、広島で過ごす。