アイアイの大冒険 第二章③

第二章

王都では“正しさ”だけが”正しい”かのようだった。 その正しさは、甘さも、ぬくもりも、感情さえも置いてけぼりにしているように思えた。

デバ石の出した正解にだけ、”正しさ”にだけ従っているように思えた。でも、それで本当に、いいのだろうか?

少なくとも、王様とコリクの会話はデバ石に支配されているようには思えなかった。

コリクは新たなカップに湯を注ぎながら、首だけをゆっくりとアイアイの方に向けた。
「ひとつ質問しても?」

アイアイは少し身構えたが、こくりとうなずいた。

「“正しさ”と“やさしさ”が矛盾したとき、どちらを優先しますか?」

その問いは、まるで石のようにテーブルの上に置かれた。

コリクはなんだか、アイアイの考えをよんだかのような質問をした。

アイアイは、すぐには答えられなかった。

すると、王がひょいと口をはさんだ。
「コリク、その問いはなかなかよいな。甘さの中に少しばかり塩気を感じるぞ」

「感想ではなく、回答を求めています」

王は笑ったが、コリクは真顔のままだった。

やがてアイアイは、ゆっくりと口を開いた。
「ぼくは……まだ、どっちが正しいのか分かりません。でも、どっちかしか選べないとしたら、少なくとも、“誰かを切り捨てるほう”は選びたくないです」

沈黙。

その言葉が落ち着くまでのあいだ、城の中はしんと静まり返った。

コリクはカップを置き、少しだけ目を細めた。
「曖昧な返答ですが、“選ばないこと”もまた選択の一種であると、認識しました」

「そ、それって……変じゃない?」とアイアイが口をはさむと、コリクは首を傾げた。

「“変”とは定義の不定な価値判断です。論理的根拠はありますか?」

「もういいよ、コリクさん! ぼくら、ただ話しに来ただけなのに……そんなに問い詰められたら、言葉が全部逃げてっちゃう!」アイアイは自分が声を荒げてしまったことに自分で驚いた。

そのとき、グリグリが、ポツリとつぶやいた。
「……でも、あんたの言葉、嫌いじゃない」

コリクはわずかに眉を動かした。

「理由は?」

「えっと……あんたの言葉、なんか……とても、考えたくなる」

コリクはしばらく黙っていた。 それから、少しだけ顎を引いてうなずいた。
「“考えさせる”言葉。それは、役に立つときもある」

そう言ったコリクのどこか満足げな表情を見て、アイアイは、声を荒げた自分が恥ずかしくなった。コリクは正しさに支配されているのではなく正しさが好きで正しさを追求しようとしただけだったのかもしれない。そこに相手を追い詰める意図はないのではないかとアイアイは思った。

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そのとき、王が手を叩いて立ち上がった。

「よし、それでは今日の焼き菓子会議はここまで! つぎは案内役に、わしの大事な使者をつけよう。ふたりとも、城の中も見ていくがよい。ザラーリンは甘いばかりではないぞ」

王はそう言うと、カップの底に残った紅茶を一気に飲み干し、背後の扉を指さした。

その先には、まだ誰も知らない回廊が、静かに口を開けていた。

案内役の使者──外套をまとった猫族が現れ、無言のまま軽く頭を下げると、ふたりに背を向けて歩きはじめた。

アイアイは立ち上がりかけたが、ふと足を止めた。

聞きたいことが、喉の奥にひっかかっていた。
言葉にはならず、ただずっと胸の奥でうごめいていた疑問
──あの夜、村から人々が連れ去られた。
あのときの叫び声。あのときの焦げた風。

「……あの」

アイアイは振り返った。

けれど、王とコリクの前に立つと、声がうまく出なかった。話の流れも、雰囲気も、なにもかもが“お菓子”の匂いに包まれていて。あまりにも唐突に、あの夜の現実を持ち出すことが、場違いなように思えたのだ。

グリグリがちらりと横目で見たが、何も言わなかった。

王はすでに手に持ったケーキの生地に顔を近づけていたし、コリクは記録帳のようなものに何かを記しはじめていた。

「……なんでもない」  
アイアイはかすれた声で言って、背を向けた。

ふたりは使者のあとを追って、細い回廊へと足を踏み入れた。

そこは人の気配のない、しんとした廊下だった。 けれど歩を進めるごとに、空気が変わっていくのがわかった。床はわずかに傾斜しており、どこか地中に向かっているような感覚すらあった。

やがて回廊の終わりにたどりついたとき──  
ふたりの目の前に広がっていたのは、あまりに異様な光景だった。

そこには、本来なら城の裏手に広がっているはずの塔や部屋の数々が──存在しなかった。

 正確に言えば、それらは“なかった”のではなく、“切り取られている”ようだった。 地面は滑らかに削り取られたように途切れ、建物の半分が、まるで誰かが定規で線を引いて消しゴムで消したように、すっぱりとなくなっていた。

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