アイアイの大冒険 第五章30
アイルが、口を開こうとした――
その瞬間だった。
――バキン。
低く、乾いた音が、学院の奥から響いた。
それは爆発でも衝突でもない。
何かが “割れるような”音だった。
「……今のは」
スペーラーが、即座に顔を上げる。
次の瞬間、警報の音質が変わった。
一定だった緊急音が、断続的な高音に切り替わる。
「結界異常! 第六層、局所破断!」
「外縁部西、記念塔基部!繰り返す――」
メリウスの表情が、はっきりと変わった。
「……破られたな」
「破られた!?やぶぶぶ破られた?何が?」
シーカーが叫ぶ。
「正確には“削られた”だ」
メリウスは短く言った。
「学院結界は“壊す”ものではない。だが――」
遠くで、
ズ……ン
と、腹の底に響く衝撃。
「ドラゴンが、こちらに入ってこられるようになったのには違いはない。想定外だ。」
スペーラーが、静かに続ける。
「探しているんです。……私を」
空気が、軋んだ。
次の瞬間、
床に淡い光の筋が走った。
「……え?」
アイルが足元を見る。
石床の目地に沿って、
見覚えのある、ふわりとした光が、かすかに残っていた。
「……これ……」
アイルは、膝をつく。
「モヤモヤの……光だ……」

確かに残っている。
だが、そこにはもう“意思”がない。
残響のように、薄く、揺れているだけだった。
「……ここを通ったとか…なのか」
シーカーが息を呑む。
「ええ。そういうことだろう。モヤモヤ君が残していったのだろう」
メリウスが答える。
「しかし――これはおそらく学院外縁部に向かっている」
アイルは、はっと顔を上げた。
「外!? じゃあ、ドラゴンの方――」
「可能性は高い」
メリウスは否定しなかった。
「どういうわけか、モヤモヤ君はドラゴンの方に向かっているようだね」
スペーラーが、目を伏せる。
「……超越した存在同士、引き合っているのでしょうか‥ふー」
低い声。
「ドラゴンも、モヤモヤも……神族として目的は似たようなものだからね」
メリウスも低い声で答える。
再び、轟音。
今度は近い。ドラゴンが何かを投げつけたのかもしれない。
石壁が、わずかに震えた。
「学長!」
通信越しに、ヘルマンの声が割り込む。
「外縁部、何がどうなっているのやら!結界も破られ、第二防衛線が――」
「下がれ」
メリウスは即答した。
「それ以上の損耗は許可しない」
そして、メリウスは三人を見た。
その目に、もう迷いはなかった。
「――選択の時間は終わった」
アイルの胸が、強く鳴った。
「君たちは、もう『客人』ではない」
メリウスは、静かに告げる。
「この学院の“管理外”として動く。私は――止めない」
一拍。
「私は、私にできることをする。君たちにも君たちのできることを期待させてもらうよ」
そういうとメリウスは通路の壁に溶け込み消えた。

スペーラーが、小さく息を吐いた。
「……ふー。ありがたいですね」
シーカーが、アイルを見る。
「行くんだな」
アイルは、床に残った微かな光を見る。
モヤモヤの、痕跡。
「……うん」
顔を上げる。
「置いていかれたまま、待つのは……もう嫌」
その瞬間――
外縁部の方角で、
低く、長い咆哮が、学院全体を揺らした。
ドラゴンは、近い。
そして――
モヤモヤは、きっとその先にいる。
いつの間にか廊下は静まりかえりアイルたち以外誰もいなくなっていた。
まっすぐ伸びる廊下の先から再び低い咆哮が聞こえてきていた。

