アイアイの大冒険 第五章27
警備室を出ると、廊下の空気は驚くほど静かだった。
さきほどまでの張りつめた気配が嘘のように、石壁に反射する淡い灯りが、学院の夜を穏やかに包んでいる。
「……急に、静かですね」
シーカーがぽつりと言った。
「ふー……嵐を抜けた、というやつでしょう」
スペーラーはいつもの調子で肩をすくめつつ、視線だけは周囲から離さない。
メリウス学長は先頭を歩きながら、振り返らずに告げた。
「今夜は客用区画に案内しよう。研究棟からは距離があるが、休むには適している」
「……本当に、泊まっていいんですか?」
アイルが遠慮がちに尋ねる。
「『泊まる』というより、『預かる』が近いかな」
メリウスは足を止め、穏やかながらも含みのある笑みを浮かべた。
「だが、拘束はしない。この学院に、必要なのは『管理』ではなく、『理解』だ」
胸元でモヤモヤが、ほっとしたように弱く光る。
アイルはそれを感じ取り、小さく息を吐いた。
通された部屋は簡素だったが、整えられていた。
石造りの壁、低い天井、並んだ三つの寝台。
天井近くの採光板から、夜の淡い光が差し込んでいる。
「……ベッドだ……」
シーカーはそれだけ言うと、力が抜けたように腰を下ろした。
「正直……捕まって終わりだと思ってた」
「ふー……私も」
スペーラーは水差しを手に取りながら淡々と答える。
「学院という場所の性質上、終わりというよりも”死ぬまで幽閉”が現実的でしょうけど」
メリウスは扉の前で立ち止まり、三人を見渡した。
「今夜は誰も呼びに来ない。警備も解除してある」
そして少しだけ声を落とす。
「だが、明日からは話を聞く。君たちがここへ来た『経緯』をね」
「……わかりました」
アイルは静かにうなずいた。
「今日は休みなさい。長い一日だった」
そう言って、メリウスは扉を閉めた。
しばらく、部屋には沈黙が落ちた。
張りつめていた糸が、ようやく緩んだような静けさだった。
やがて――
シーカーが、ゆっくりと口を開いた。
「……なあ、アイル」
「……うん…」
「光の柱のことだけどさ…」
その言葉に、アイルの肩がぴくりと揺れる。

「俺たち、あのとき止めたよな」
責める声ではなかった。ただ、事実を確認するような声音だった。
「でも、お前……迷わなかった」
アイルは視線を落とした。
寝台の縁をぎゅっと握りしめる。
「……うん」
小さな声だった。
「止められなかった。好奇心が……勝っちゃった」
沈黙。
「光ってて、きれいで……理由なんて、あとから考えればいいやって」
アイルは言葉を探すように続ける。
「私ひとりなら、それでよかったのかもしれない…でも……」
顔を上げる。
シーカーと、スペーラーを順に見た。
「……あなたたちまで、巻き込んだ。…迷惑をかけた…」
声が、わずかに震えた。
「軽率だった。本当に……ごめんなさい」
モヤモヤが、胸元で小さく揺れた。
アイルは、それに気づかないふりをして続ける。
「私が飛び込まなければ、こんなことにはならなかった。
シーカーたちが捕まることも、怖い思いをすることも……」
「アイル…」
シーカーが、遮るように呼んだ。
アイルは顔を上げる。
「確かに、無茶だった」
シーカーは真っ直ぐ言った。
「でもな、少なくとも俺がここに来たことは……なんというか…迷惑じゃない」
「……え?」
「お前の無茶があるから…お前が世界を広げてくれてるんだよ…」
少し照れたように視線を逸らしながら、シーカーは続ける。
「お前、ああいう時、止まらないだろ。だから――俺だって…なんというか…」
「ふー……結果論ですが」
話が進まないシーカーに代わってスペーラーが口を挟む。
「私としても、興味深い事故でした。命の危険は……まあ、想定内です」
「ちょっと!まだ俺の話の途中ですよ。スペーラーさん!」
シーカーが思わず声を上げる。
「ふー……ですが」
スペーラーは珍しく真面目な表情で続けた。
「あなたが謝る必要はありますが、ひとりで背負う必要はありません。選択は、それぞれ個々の意志によって行われたものです」
シーカーがうなずく。
「そういうことだ」
アイルはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……ありがとう」
胸の奥に溜まっていた重さが、少しだけ軽くなる。
「でも、次は――」
シーカーが指を立てる。
「ちゃんと相談しろ。飛び込む前にな」
「……うん」
アイルは、今度ははっきりとうなずいた。
部屋の灯りが、静かに揺れる。
学院の夜は、深く、しかし確かに彼らを包み込んでいた。
しばらくの沈黙の後、モヤモヤがシーカーを見つめて口を開いた。
「ヨカタ…ヨカッタ…シーカー」

「えっ!?」
シーカーとスペーラーは目を見開き、しばらくは開いた口を塞ぐことができなかった。
部屋の灯りが、静かに揺れ続けていた。

