アイアイの大冒険 第五章25
警備室の奥、簡易拘束区画。
石壁に沿って設えられた低い腰掛けに、アイルは座らされていた。
両手首には拘束具――必要以上に強い力で縛られているような気がする。
アイルは状況を冷静に受け止めようとしていた。
胸元のモヤモヤは、今は何もせず、ただ小さく光を保っている。
そのとき――
扉の向こうから、荒い息遣いと羽音が近づいてきた。
「連行完了!対象二名を入室させます!」
扉が開き、
カラス族の警備員に挟まれるようにして、二つの影が入ってくる。
「――アイル!」
思わず立ち上がりかけた。

そこにいたのは、息を切らし、腕を拘束されたシーカーと、相変わらずの表情で、やや乱れたローブを羽織っているスペーラーだった。
「……シーカー!」
「アイル!!やっぱりここにいたんだな!?よかった!!」
二人の声が重なり、
一瞬、警備室の空気が緩む。
しかし。
「私語は控えろ」
低く、鋭い声がその空気を切り裂いた。
ヘルマン・ルーグレイが、ゆっくりと前に出る。
片目の奥で、冷たい光が揺れていた。
「再会を喜ぶのは結構だが、状況を理解しろ。お前たちは現在、学院への不正侵入および警備妨害の容疑者だ」
「いや、待ってください!」
シーカーが思わず声を上げる。「俺たちは――」
「――ふー……」
その声を、ため息が遮った。
「事情説明の前に“容疑”を確定させるのは、少々性急では?」
スペーラーが、拘束具越しに手を軽く振った。
「転送事故に巻き込まれた一般人を、追い回し、拘束し、尋問。ずいぶんと立派な研究機関らしい対応ですね。聞いたことありません。ふー」
警備室の空気が、ぴり、と張りつめる。
ヘルマンの視線が、ゆっくりとスペーラーに向いた。
「聞いてなかったな……名は」
「…スペーラーと申します。肩書きは……まあ、今は重要ではありませんね」
「重要だ」
ヘルマンは即答した。
「お前は、意図的に警備をかく乱し、複数の封鎖区画を突破した。
偶然にしては、行動が合理的すぎる」
「そう見えますか。ふー……考えすぎですが…そう言われること自体は光栄です。そういうことにはちょっと慣れているんですよ」
スペーラーは微笑んだ。
「ですが、あなたの推測は一つズレています。“私たち”は侵入者なのではなく――
私たちが巻き込まれてしまったんですよ」
「言葉遊びだ」
「いえ。立場の話ですし、重要です」
二人の視線が、正面からぶつかる。
秩序を守る者と、
秩序の外側を渡り歩く者。
アイルは、二人の間に立ち込める緊張を、はっきりと感じ取っていた。
(……この二人、相性最悪だ)
「……ちょっといいですか」
アイルが、静かに口を開いた。
「私たちは、誰かを傷つけるために来たわけじゃない。霧丘地帯にある光の柱に
私が…私の好奇心を止められなくて…2人はたぶん、そんな私を心配してくれてついてきてくれただけなんです…」
シーカーが、強くうなずいた。
「俺たち、逃げたのは……話を聞いてもらえなさそうだったからです」
ヘルマンは、短く息を吐いた。
「……お前たちの言い分はわかった…」
その声は、わずかに温度を落としていた。
「だが、それでも規則は規則だ。この場での判断は――」
そのときだった。
警備室の壁の一角が、
まるで水面のように、静かに揺らいだ。
誰もが息を呑む。
次の瞬間、
壁をすり抜けるようにして、揺らぐ壁から一人のフクロウ族が姿を現した。
「……やれやれ。少々強引に入らせてもらったよ…」
穏やかな声。
メリウスだった。

「ずいぶん賑やかだね。少し目を離した隙に、こんなことになるとは」
「……メリウス」
ヘルマンの声に、驚きと警戒が混じる。
メリウスは、アイルたちを見回し、そして、ほんの少しだけ、柔らかく微笑んだ。
「長旅と混乱の中だろうに大変だったね」
その視線は、アイル、シーカー、スペーラー、 そして胸元のモヤモヤへと順に向けられる。
「……怖かっただろう。よく頑張った」
それは、心の芯にしみいってくるような声色の労いの言葉だった。
警備室に、短い沈黙が落ちる。
その沈黙の中で、 アイルはようやく、胸の奥に溜まっていた息を、静かに吐いた。
「君たちは許される。安心していい。このメリウスが保証するよ。」
警備室はメリウス先生の優しい声で満たされていくかのようだった。

