大階段へ向かう通路は、恐ろしいほどに冷たく澄んでいた。
アイルは胸にモヤモヤを抱え、コルヴィンを引っ張るようにして早足で廊下を進んだ。
「ア、アイルさん!そんな急がなくても……ひぃ……!」
「急がなきゃ……シーカー、すぐ近くにいるんでしょ?」
問いかけると、腕の中でモヤモヤが光をふわりと震わせた。
大階段が見えてくると、上階へと続く吹き抜けから風が舞い込んだ。
その瞬間、どこからともなく――羽音。
「っ……!」
アイルは反射的に近くの柱の陰へ身を滑り込ませた。コルヴィンも驚いて変な声をあげながら同じ陰へ飛び込んでくる。
次の瞬間。
吹き抜けの上部から、黒い影が三つ、滑り降りてきた。

カラス族。
鋭い赤い目が、左右の通路を警戒するようにくまなく走る。
「ひっ……っ……!?」
コルヴィンは声にならない悲鳴を漏らし、アイルの背中にしがみついた。
モヤモヤはというと、アイルの腕の中で光を完全に消し、
丸く縮こまるようにして気配を消している。
カラス族は短く言葉を交わしていた。
「警備部に着いても騒ぎが続いているらしい。増援を回せ」
「例の侵入者か」
「でかいヤツの確保に手間取っているらしい」
階段の上から、羽ばたきの気流が降り、黒い影はすぐに飛び去っていった。
ようやく息ができたアイルは、小声でコルヴィンに尋ねた。
「……今の、聞こえた?」
「きっ……ききき聞こえましたともぉぉぉ!怖い……怖いですよアイルさん……」
「やっぱり警備室。そこにシーカーたちがいるのよね……?」
アイルが言うと、モヤモヤがひときわ強く光る。
「…ヒッ…チカイ……シーカー……チカイヨ……」
アイルは震える息をひとつ吐いた。
階段の手すりに手をかけたとき――
「アイルさん、ちょ、ちょっと待ってください!」
コルヴィンが慌てて止めに入った。
「あの…警備部にいってどうするんですか…もし…お友達が捕まっていたら…僕にできることはな…ない…ですよ。それどころか、怖い警部部の人たちの前では…僕…しゃべることさえできない…かもです」
アイルは振り返り、真剣な目で言った。
「でも……行かないと。絶対に後悔する」
「う、うぅ……そう言われましても……!」
階段に向かって歩き出そうとしたときだった。
「――あれ、そこの子。君は許可証を持ってるのかい?」
突然、横の廊下から別の鳥族の研究者が現れた。
サギ族だろうか、長い首を傾けながらアイルたちを見つめている。
(やば……!)
アイルが固まると、コルヴィンが慌てて前に飛び出した。
「け、けけけ研究員パスは……ワタシが先生より預かっております!!
いまっ、緊急の搬送任務中でして!!」
「搬送?」
研究者は眉を上げた。
「は、はい!研究対象さんの搬送でして!このウサギ族の子の…!はい!ご覧の通り!!」
コルヴィンはアイルを指し示した。
モヤモヤは「今は息を潜めるべき」と理解しているかのように、 アイルの腕の中でただ人形であるかのようにふるまっている。
研究者は「ああ……なるほど」と苦笑し、すぐに興味を失ったように去っていった。
アイルはコルヴィンを見て、小さく笑った。
「ありがとう。助かったよ。やるじゃん」
「……も、もう……は…はは…これが精一杯です…もうできることはありません」
「うん。そんなことないよ。頼りになるよ」
アイルはモヤモヤを抱きしめ、大階段の下を見つめた。
――遠くの階層から、今にも叫び声が届いてきそうな気がした。
「シーカー……今、会いに行くから」
アイルは階段のへ足を踏み出し、 コルヴィンはふらふらしながら後に続いた。

大階段は廊下に比べても、さらに冷え切っているような気がした。一段降りるごとに冷気と緊張が高まるのがわかる。
一歩降りるごとに心臓の高まりを感じ、おそるおそる進むアイルたちだったが、階段を降りた先が「閉ざされている」ことにまだ誰も気づいていなかった。