
爆発の余韻が消え、しばらくしてから耳に静寂が戻ってきた。
通路のあちこちで火薬の燃え残りがくすぶり、小さな炎がじりじりと床を照らしていた。赤橙の揺らめきが、暗闇の通路に不気味な生命のような影を踊らせている。
「……床が……」
アイアイが恐る恐る前方をのぞき込んだ。
猫の使者が爆弾を仕掛けあたりの床が吹き飛び、そこには巨大な黒い穴が口を開けていた。
風が吹き上がり、焦げた石片が舞う。
下は見えない。深い、深い奈落――。
そう――
そこは地下の『大空洞』とつながっていた。
アイアイたちは地下通路でみた『大空洞』の真上に居たのだ。今や学舎のすべての位置関係を把握したオイラーの作戦が見事に実を結んでいた。
「やっぱり、これを狙ってたんだ!」
アイアイが思わず叫んだ。
その声に猫の使者が小さくうなずく。
「なるほど……オイラーは最初から、ウーセルたちを、この下に“落とす”つもりだったんですね」
背負われていたオイラーは、まだ意識が浅く、それでも口の端をわずかに上げた。
「どんどん、奴らを…ひきつけな……」
囁くような声。
その言葉を聞いたアイアイとグリグリは互いに顔を見合わせ、飛び出すように、立ち上がった。
「……やろう!」
アイアイが叫び、グリグリが尻尾をピンと立てた。
二人は穴の手前に並び、両手を大きく広げて穴の向こう側、通路の奥に向かって叫んだ。
「こっちだよ! ここだ! おいでよ、ウーセル!!」
「お前らの相手はここだーっ!!!」

その声が反響し、通路の奥からずりずりと迫る音が激しくなった。
白い影が、闇の中を波のようにうごめく。
何百という無表情のウーセルたちが、盲目的に声の方向へと群がってくる。
標的に向かうという単純な動作しかできないのであろうことは今までのウーセルの動きから推測できていた。爆発で吹き飛ばされたであろう何体かの残骸を、何の感情も見せず踏みつけながらウセールたちは進んできた。
やがて、その群れが穴の縁に差しかかると――ウーセルたちは、アイアイたちにまっすぐ顔を向けながら、迷いなく虚空に足を踏み出し続け、そのすべてが暗黒の奈落へと落ちていった
ずり……ずり……ずり――
バサッ。バサッ。バサバサッ。バサッ。バサバサバサバサバサバサバサ‥‥‥
一体、二体、十体……やがて百を超える白い影が、次々と吸い込まれるように闇へ消えていく。
底は見えず、落下の音だけがしばらくの間、遠くへ遠くへと響き続けた。その間にも大量のウーセルがどんどん大空洞へ落ち続けていた。
「……信じがたい光景です。これほどの数を一度に……」
その言葉の途中で、オイラーがわずかに顔を上げた。
同じような変化のない光景をみせながら落ち続けるウーセルの群れ、その光景は永遠に続くかと思われるほど、長い時間続いた。しかし、ウーセルたちを引き寄せるために大声を出し続けたアイアイとグリグリの声が枯れかけたとき、最後の一体が奈落に落ち、その光景は唐突に終わった。
「……ほとんど……全部、落ちたよ。地下通路に引っかかってる何体か以外は……もう、ウーセルらしき音は学舎にはいない……」
その一言に、三人の顔がぱっと明るくなった。
「やったぁぁぁぁっ!!」
グリグリが飛び上がり、アイアイが思わず笑顔を見せる。
「オイラー、すごいよ! ほんとに助かった!」
猫の使者もうなずき、背負ったオイラーの肩を軽く叩いた。
「……まさに奇策。あなたがいなければ、我々はここで終わっていたでしょう」
火の粉がまだ舞う通路で、四人は短い歓喜を分かち合った。
「……さあ、台座に戻りましょう」
猫の使者の号令に、一行は顔を引き締める。
爆破で開いた大穴は、一行が広間へもどる道もなくしていたが、ウーセルたちとは違い、彼らには知恵がある。
猫の使者が腰のロープを取り出し、手早く壁の突起に結びつける。
「順に壁を伝って行きましょう。滑らないよう、慎重に」
ロープを握りしめ、ひとりずつ大穴の側面を伝って張り付くように進む。
崩れた壁の石肌は冷たく、ところどころで青白い導線の光が滲んでいる。
全員が渡りきった頃には、通路の炎も小さくなり、通路は再び暗闇に閉ざされようとしていた。
「……よし。ここから先は歩いても大丈夫そうです」
猫の使者がランプを手に取り、床を踏みしめ確認する。
アイアイたちはうなずき、歩き出した。
歩き出した直後。アイアイは何かがかすれるような小さな音が耳をなでたことに気づいた。
背後――爆破で開いた大空洞の奥底から、うっすらとかすかな声が響いているようだった。
「……グ……グリ……」
誰の声ともつかぬその囁きに、アイアイは足を止めた。
振り返って、後方を確認しても、ただ闇が口を開けているだけだった。
「今……なんか聞こえなかった?」
猫の使者が立ち止まり、一瞬だけ表情を曇らせた。
そして、少し間をおいて笑って答えた。
「……さあ……気のせいでしょう」
風が吹き抜け、暗闇が静かに揺れる。
一行は言葉を交わさず、再び前へと歩き出した。


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