
保守用通路は、導力室の整然とした銅管の輝きとはまるで別世界だった。
通路の幅は人ひとりがやっと通れるほどで、壁面には苔と湿った泥が張り付き、ところどころから地下水が滴り落ちていた。背をかがめなければ進めず、頭上を掠めるように錆びた管が這っている。息を吸うたび、鉄と土が混じった匂いが肺に染み込んだ。
先頭を歩く猫の使者がランタンを掲げると、光の輪が狭い空間に圧縮され、影は複雑に折り重なって揺れた。
「……この保守通路は、長らく使われていなかったようですね。崩落の危険もある、慎重に」
その声に、アイアイは思わず自分の胸を押さえた。デバ石が、規則正しい心音とは別のリズムで脈打っている。まるで遠くから呼びかけられているようで、足を進めるほどに鼓動が強まっていく。
「……広間が、近づいてきてる……」
呟いた声は震えていたが、不思議な確信があった。
後方で、グリグリが肩をすくめて尻尾を抱きしめながら呻いた。
「うぅ……狭いし暗いし……ねえ、ほんとに出口に続いてるんだよね? 途中で行き止まりとか、落とし穴とかないよね?」
「心配しないでいいよ…」
オイラーが眠たげな声で答え、壁に耳を当てた。鼻先をひくひくと動かしながら、小さな爪で床を軽く叩く。
「うん……振動が確かに先に続いてる。広間の方へ伸びてるよ。……ただし」
そこで言葉を切ったオイラーの顔には、いつもののんびりさとは違う陰りが差していた。
「……お腹、減ってきちゃったなぁ」
言った途端、オイラーの膝ががくんと折れ、壁にもたれかかる。
「えっ!? ちょ、ちょっと、大丈夫!?」
アイアイが慌てて支えると、オイラーはふらふらしながらも笑みを浮かべた。
「だってモグラ族は……食べ続けないとエネルギーが切れちゃうんだよ。もう力が……」
その説明にグリグリは頭を抱えて飛び上がった。
「い、いま言う!? そんな大事なことをこんなタイミングで言う!? ウーセルに追われて、通路も狭くて、君が止まったら全員つっかえるんだよぉ!」
ウーセルたちから逃げるために走ったり、何度も集中してソナーの役割をしてきた、今日のオイラーのエネルギー切れの速さはオイラー自身にも予想がつくことではなかった。
「落ち着いて。まだ倒れてはいません」
猫の使者が冷静に間に入り、腰袋から干し肉を取り出して差し出す。
オイラーはぱっと顔を輝かせ、バリバリと豪快に食べ始めた。狭い通路に咀嚼音が反響し、妙な緊張感が生まれる。
「んー……これでちょっとは歩けるかな」
食べ終えたオイラーは再び壁に耳を当て、眠そうに目を細めた。
「……うん、やっぱり広間に近づいてる。振動が大きくなってきた」
アイアイはその言葉に胸を高鳴らせ、無意識にデバ石を握りしめた。
(やっぱり……あの台座が僕たちを待ってる。必ず、確かめなくちゃ)
闇に吸い込まれるような不安と、確かな希望。その両方を抱えながら、一行は再び狭い通路を進み始めた。
四人がいた導力室には、すでにウーセルの足音が響いていた。まもなくして、保守用通路にウーセルたちが流れ込んでくる足音の波が四人の後方、暗闇の先から、確かに届いてきた。
「進むよ。進むしかない」
誰に言うでもなくアイアイは、まっすぐと通路の先を見据えながら、はっきりとつぶやいた。その言葉のあと、誰からということもなく四人は互いに手をつなぎあった。そして手を取り合ったまま暗闇を進み続けた。
一番、後ろを歩いているオイラーは、アイアイと手をつなぎ進んでいた。オイラーは、しばらく進むとフラフラと頭を振って歩くようになった。
度重なる体力消費と緊張、そして飄々として何も怖がっていないように見えたオイラーにも恐怖はあったのだろう。ストレスの蓄積はモグラ族の体を確実に蝕み、その限界を引き寄せ続けていた。
アイアイには少しづつほんの少しづつ、後方のかすかな足音が輪郭を持ってきているような気がした。
「オイラー、進むよ。進むよ!」
アイアイは、オイラーの手を強く握りながらつぶやき続けた。



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