
「ほら、食べ物だよ……」
アイアイとグリグリが差し出した干し肉を、オイラーはぱっと目を輝かせて受け取った。
バリバリ、バリバリ。
あまりに豪快にかみ砕く音が、湿った地下通路に響いた。
「……この状況でよくそんなにたくさん食べれるね……」
グリグリが尻尾をぴんと立て、呆れ顔でため息をついた。
もぐもぐと口を動かしながら、オイラーはのんびりとした口調で答える。
「これでも全然たりないくらいだよ…モグラ族はね、食べ続けないと力が切れちゃうんだ。半日だって食べなければ、動けなくなる。そういう性質なんだよ…」
「えっそうなの!」
その淡々とした説明に、アイアイは思わず息をのんだ。
グリグリも驚きながら質問する。「1日に何回も食べてないとダメってこと?」
そのときちょうど、ひとつの通路の分岐に差しかかった。
グリグリは、オイラーの答えを待たずに、短い悲鳴と共に声をあげた。
「……ちょっと痛いよ? アイアイ……」
突然、背後からグリグリは肩を掴まれたのだ。
「えっ?なにが?」
グリグリの前方にいたアイアイが振り向き、ランタンを高く掲げる。
後方からアイアイに肩を掴まれたグリグリは、前方のアイアイの姿を確認し青ざめた。
グリグリの視界にはアイアイ、オイラー、猫の使者の三人が見えていた。
グリグリが反射的に高速で振り返ったその先に浮かび上がったのは――無表情の白い人形だった。
のっぺりとした顔のウーセルの一体が、グリグリの肩を掴んでいたのだ。
「ぎゃああああああっ!!」
グリグリが絶叫し、ウーセルの手を払いのけ、尻尾をばたばたと暴れさせた。
「走れっ!!」
猫の使者が短剣を抜きかけ、しかし狭い通路で戦えば危険と即座に判断し、鋭く叫んだ。
一行は一斉に駆け出した。
湿った石畳を蹴るたび、ランタンの炎が激しく揺れ、壁に映る影がばらばらに伸び縮みした。
背後からはずりずりと這う音が重なり、まるで無数の白い手が一行の足首を掴もうと伸びてくるように錯覚させた。いくつかの分岐を通り過ぎる。そのたびにオイラーが短く指示を出す。アイアイはグリグリの手を引き必死に走った。足がもつれそうになるグリグリを必死で励ましながら、
「グリグリ!早く!!とにかく今は、足をうごかすことだけに集中しろ!」
「あああああ!いち!に!いち!に!ちち!に!いい!に!いち!に!」
自分が走る足に合わせたグリグリの掛け声の叫びが反響し、通路そのものが悲鳴を上げているかのようだった。
必死の疾走の末、突如として視界が開けた。
石の天井が途切れ、頭上には広がる空――。
階段を駆け上り地上に到達したのだった。
「……外だ…中庭だ!」
猫の使者が息を切らしながら声を上げた。
湿った地下の息苦しさから解放されたのも束の間、猫の使者の号令で四人は解放されていた地下への扉を閉ざし、近くの石を拾い集め、扉の上に敷き詰めた。
「これで地下からの追撃は防げるでしょう…」
ほんの一息ついたとき、空を見上げたオイラーがぽつりといった。
「なに、あれ?」
オイラーの指した遠くの空に巨大な影が高速で飛び回っていた。
その影の正体はアイアイたちにはすぐにわかった――巨竜ツヴェイ。
同時にそのツヴェイが激しく追いかけまわしている存在も見えた。
それは、ツヴェイの背中に乗って空で遭遇したあの「羽を背に持つ異形の存在」だった。
空を裂く轟音と閃光が交差し、ツヴェイは蝶の羽をもつ者を攻撃し続けていたが、ツヴェイが標的をとらえることはなかった。蝶の羽をもつ者は、高速でヒラヒラとツヴェイの攻撃を避け続けていた。

「な、なにあれ……どうなってるの……!?」
グリグリの声が震える。
アイアイは息を呑み、胸の奥のデバ石が熱を帯びるのを感じた。
答えを求める視線を猫の使者に向けると、彼は冷静に、しかし硬い声音で言った。
「……どういうことかは今は分かりません。ですが――先を急ぎましょう」
そのとき、閉ざしていた地下への扉がドンドンと音を立てた。
どうやらウーセルが何体か、扉の向こう側に到達したようだった。一行は顔を合わせて、無言でうなづきあった後、オイラーを先頭に中庭と面した目的の扉へと駆け寄っていった。


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