アイルは診断室の白い天井を見上げたまま、
先程、聞いた小さな声を思い返していた。
――「アイル…ダイジョブ…ブブブ…ダイジョブ」
胸のあたりで光がふるえる。
膝に乗ったモヤモヤが、ゆっくりアイルを見上げた。
「ねえ、さっき……しゃべったよね?なんか…話せたよね?」
アイルは身を乗り出すように問いかける。
モヤモヤは、ぽわっと光を明るくする。
しかしすぐにまた弱まり、
「ア……イル……」とだけ、途切れるように発した。
「すごーーーい!やっぱりモヤモヤ話せるようになったんだね!感激!!うん、うん、それで!なにか他にいいたいことある?」
アイルは大興奮しながら身を寄せた。

次の言葉はなかなか出てこなかった。
光が一度強まり、ゆらゆらと揺らぎ、モヤモヤは何かを探すように視線をさまよわせている。
「そっかそっかー。うんうん。すぐにはそんなに話せないか‥」
そう言って、アイルはモヤモヤの頭に手を置いた。
と――
急に、モヤモヤの全身がびくりと震えた。
「どうしたの?」
アイルが顔を近づけた瞬間。
「……シーカー……」
モヤモヤは消え入りそうな声を発した。
「……シーカー、カナシイ……」
「「え……シーカーがなんだって!!?」」
モヤモヤはアイルの胸もとにしがみつきながら、
言葉を探すように震えた。
「シーカー……コワイ……コワガッテル…」
アイルは息を呑み、診察台から立ち上がった。
「怖がってるって……どうしてわかるの?どこにいるの?シーカーたち、どこ?」
問い詰めても、モヤモヤは首をかしげるだけだ。
しかし、しばらく考え込むような素振りを見せたあと、なぜそれがアイルにはわからないのか不思議だといわんとするかのように言った。
「?…シーカー…チカクイルヨ?」
アイルの背筋に電気が走った。
「近く……? 本当に?!」
返事のかわりに、モヤモヤの光が強く震えた。
アイルは診断室の扉へ駆け寄った。焦りながらも扉の
取っ手を握った――しかし。
ガチャン。ガン。
動かない。扉は強く引いても押しても開くことはなかった。
(やっぱり……鍵がかかってる……!)
焦りが喉を締めつける。
どうする?
誰かを呼ぶ?
それとも、ここで待つ?
「……なんか先生が連絡方法言ってた気がするんだけど…」
アイルは歯を食いしばった。まわりを見回すが外部に連絡できそうな装置は見当たらない。
アイルはうなだれて顔を伏せた。伏せた先では、モヤモヤがアイルを見上げていた。
モヤモヤがアイルを見つめながら笑ったように思えたそのとき――
モヤモヤはポフっと浮かび、
扉の取っ手に両手のようなものをそっと置いた。
「モヤモヤ?何して……」
モヤモヤは目を閉じ、
光をぎゅっと縮めるように集中した。
しん……とした一瞬の静けさ。
カチッ。
乾いた、小さな解錠音。

アイルが驚きで固まる。
「えっ……開いた……?」
モヤモヤはゆっくり振り向き、ちいさな声で言った。
「……アイル…イコ…」
どういうことが起きたか考えるよりも、これで、シーカーを探しに行けるということの方がアイルにとっては重要だった。アイルは、こみ上げる不安を押しつぶすようにうなずいた。
「……うん。行こう!」
扉をそっと押す。
静かで冷たい廊下の空気が部屋とアイルの肺に流れ込んだ。
左右を見回すアイル、廊下には誰も歩いていなかった。
直感だけでアイルは「右!」と発した。
それからモヤモヤを胸に抱き、ひとつ深い息を吸って
――診断室をあとにした。