アイアイの大冒険 第五章⑫

第五章

朝靄の残る霧丘を、三人は歩いていた。
夜の冷気がまだ地面に残っていて、草の先に露が光る。

遠くで鳥の声がした。

アイルは深呼吸をして、胸の奥まで冷たい空気を吸い込んだ。

「朝っていいね。昨日のことが、いったん全部リセットされる感じ」

「ふー……そんなふうに思えるの、あなたくらいですよ」
スペーラーが小さくため息をつく。

シーカーは苦笑しながら荷物を持ち直した。

モヤモヤはアイルのすぐ後ろを、ふわりふわりと浮かびながらついてくる。
ときどき足もとに下りて草を踏み、またすぐ浮かび上がる。

「ねえ見て、歩く練習してる」
アイルが笑うと、モヤモヤは一度だけ足もとを見て、軽くぴょんと跳ねた。


シーカーが頭をかく。
「……マジで学習してるな、こいつ」

「えらいね、モヤモヤ」
呼びかけると、モヤモヤはアイルの方を向き、小さく光った。

「ア、イ……」
その音が風にまぎれて消えた。

アイルは足を止めて振り返った。
「今、呼んだ?」

「呼んだよな、今……」
シーカーが思わず笑い、スペーラーが短くうなずいた。

「知能がある証拠ですね。その調子だと、どんどん成長していくんじゃないですか?」

「つまり、我々が成長した神族に裁きを受ける日も近いわけだ」
シーカーは半分、ふざけたような口調で言った。

「ふー……面倒なことにならないといいですね。責任はとりません。」
スペーラーはもうほとんど冗談まじりに答えた。

昼近くになり、霧の向こうに影のようなものが見えてきた。

「塔だ」
シーカーが指をさした。

丘を下った先、白い石で組まれた細い塔が立っていた。
今はかろうじて崩れてはいないだけの古い塔だった。霧の中に静かに佇んでいた。

「古い塔に見えますが建てられたのは最近のようですよ。これも見ておきたかったものの一つです」
スペーラーの声が低く響いた。

三人は慎重に塔の中へ入った。
内部はひんやりしていて、音が吸い込まれるように静かだった。

螺旋の階段を上がり塔の最上部にたどりつくと、広間があった。
 
広間の中央の床には、円形の装置のようなものが置かれている。
床の文様とつながるように淡い線が広がり、空気が微かに震えていた。

「なんだろ、これ……」
アイルが近づき、足を止めた。

中央の円盤が、まるで呼吸するようにゆっくりと光っている。

スペーラーが低く呟く。
「動作しているように見えますが、目的は不明ですね」

「古い祭壇とか……?」
シーカーが首をかしげた。

アイルは屈み込み、反射する光をのぞきこんだ。

その瞬間、淡い光が天井まで立ち上がった。
眩しい光の柱。

三人は反射的に身を引いた。

「わっ……!なにこれ!」
「……光の柱?」

スペーラーが腕で目を覆い、
「触らなければ大丈夫でしょう。観賞用の何かかもしれません」

「観賞用って……そんなわけ……」
シーカーの声が震える。

「じゃあ…これ何?」
アイルが二人の顔を見回す。

「ふー。ええ、まあ‥‥見なかったことに、しますか?」
スペーラーが淡々と言う。

「そんなんでいいんですか!?」
スペーラーに対して咄嗟に答えるシーカーの横で

アイルはそっと光に手を触れようとしていた。

まさに光の柱にアイルの手が触れようとした瞬間、
「ちょっ!おまっ!おま!お前なにしてんだー!」

シーカーが跳ねるように前に出る。

「ちょっと、どんなもんかって触ってみたくなっただけ。ごめんごめん。でもこれ触るくらい、大丈夫だと思うけどなー」
アイルが悪びれもせず笑った。

「もうな…本当にやめてくれ。どうなるかわからないうちは慎重にいこうぜ…」

息を荒げるシーカーに、アイルが突然言った。
「あっ?あれ何!君の後ろ!!」

「は?」
シーカーが振り返った瞬間――

アイルは光の柱へ飛び込んでいた。

「あーーーーーーーーーーーーーーーーー」
隙をつかれたシーカーの叫び声が響く。
 
そして

光の柱に飛び込んだアイルの姿は、シーカーとスペーラーの目の前で吸い込まれるように、

――跡形もなく消えた。

シーカーは開いた口がふさがらなくなり、スペーラーは大きくため息をついた。

スペーラーのため息の後、しばしの間、広間は光の柱を中心に、恐ろしいほどの静寂に包まれていた。

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