
轟音とともに、巨大な影が丘に降り立った。
地面が低く唸り、砂と草が吹き上がる。
アイルは思わず目を見開いた。
「……きたっ!」
銀の鱗、長い首、広げられた翼。
絵本の中でしか見たことのないような存在が、いま目の前にいた。
ドラゴンの双眸が、まっすぐこちらを見据えている。
「われらの聖域を荒らすのは、お前たちか……!」
低く響く声が、大地を震わせた。
シーカーが息を呑む。
「う、うそだろ……?これ、もしかして戦うのか……!」
アイルは逆に顔を輝かせていた。
「わーっ、ほんとにしゃべった!こういうの、あこがれてたんだよね!」
その声には恐れよりも、純粋な興奮が混じっていた。
「アイル、ふざけてる場合じゃない!あれ、本気で怒ってるぞ!」
「だって、すごいじゃん! ドラゴンだよ!? ドラゴン!!」
アイルは慌ててポーチからデバ石を取り出し、画面をのぞき込む。
「えーと…ドラゴン…ドラゴン…って、うわ、これ、ダメなやつ!」
その瞬間、ドラゴンの喉奥に赤い光が走った。
「我が炎で塵と化せ!」
次の瞬間、爆ぜるような熱風が丘を飲み込んだ。
「アイルっ!」
シーカーが叫び、体当たりの勢いでアイルを地面に押し倒した。
炎が頭上を通り抜け、草が焦げる匂いが立ちこめる。
アイルが目を開けたとき、ドラゴンは再び息を吸い込んでいた。
「終わりだ、人の子よ!」
だが、その炎が放たれるよりも早く――
眩い閃光が、竜の口元を切り裂いた。
「……!?」
ドラゴンの巨体がのけぞる。炎が散り、空気が一瞬にして冷えた。
その光の中から、白銀の鎧が現れる。
たてがみを風になびかせたホワイトライオン族の男――
胸には、トロトロット公国の紋章。
彼は片手の大剣を肩に乗せ、面倒そうにため息をついた。
「まったく……めんどうなことです…」
その声に、ドラゴンが唸るように後ずさる。
「……貴様、その剣をどこで――!」
言い終える前に、騎士の剣が一閃した。
轟音。光。
光の中から、ドラゴンの低い声が響いた。
「おのれ、人の子風情が!おぼえておれよ!」
そして、次に見えたときには、竜の姿はどこかに消えていた。
アイルは呆然と立ち上がった。
「い、いまの……最後…めちゃ悪役っぽいセリフだったね…?」
アイルは少しおかしくなって笑った。笑うアイルをシーカーは引きつった表情で見上げていた。
騎士は振り返り、低血圧な声でつぶやく。
「まあ、追い払ったって感じですかね。ふー。」
シーカーはまだ尻もちをついたまま、言葉も出ない。
丘の上に残ったのは、焦げた草と、わずかに光を帯びた鱗のかけらだけだった。
ライオン族の騎士は、大剣をしまい二人に向き合って
こう告げた。
「私はスペーラーです。あなた方は?」
白銀の鎧にかかる白いたてがみが、柔らかく風に揺れていた。



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