アイアイの大冒険 第五章②

第五章

翌朝、ディグレンチェ村は、ふだんより少しだけ賑やかだった。

郵便局の掲示板に、紙飾りのついた大きな告知が貼られていた。

〈新人配達ウィーク 参加者募集〉

――“村じゅうを一日で回れる人は誰だ?”

アイルはそれを見上げ、胸が高鳴るのを感じた。
「わたし、これに出てみようかな……」

局長は、カウンター越しに新聞をたたみながら笑った。
「おお、意欲的だね。いいじゃないか、アイル。郵便局の顔としてがんばってこい!」

局長は犬族で、チワワ系、声は渋いが顏はすごくかわいかった。顔を見るたび、アイルは笑ってしまう。

チワワ局長は記録板に彼女の名前を書き込んだ。参加者はまだ四人。

他の二人は経験豊富なリス族の双子らしく、毎年上位に入っているという。もうひとりのキツネ族の人は、最近村に来たばかりらしい。

アイルは局の裏で深呼吸をした。

風が穏やかで、空は青く澄んでいた。

“新人配達ウィーク”とはいっても、実際はちょっとした村祭りのようなものだ。配達の速さと正確さを競い、最も多くの家に手紙を届けた者に“ブロンズウィング”の称号が贈られる。

村の広場がスタート地点だった。少し説明を受けた後、参加者たちがそろいスタートラインに並んだ。

鐘が鳴ると同時に、四人の配達員はそれぞれのルートへ駆け出した。

アイルはまず川沿いの通りを選んだ。風が耳の先をかすめる。足もとには露の光る草花。

村人たちが手を振り、「がんばれ、アイルちゃん!」と声をかける。
その声援に笑顔で手を振り返しながら、彼女はひた走った。

薬草屋の店先で荷を受け渡し、パン屋の裏道を抜ける。

ところが途中、行く手を小さな馬車がふさいでいた。干し草を積んだ荷車が石畳の段差にはまり、動けなくなっている。

「うわ、どうしよう……!これってもしかして負け確定のやつ??」
アイルは足を止め、焦ったように空を見上げた。

残りの配達時間は、もう半分を切っている。

アイルは周りを見回し、腰のポーチから、手のひら大の灰色の石板を取り出した。

彼女がほんの少し指をすべらせると、淡い光が走った。

「ええと……なになに?馬の鼻先にニンジンを・・・」
かすかに呟き、たまたま持っていたニンジンを馬の鼻先にあててみた。

馬が鼻を鳴らし、勢いよく段差を乗り越え進み出す。

アイルは再び周囲を見回し、そっと『デバ石』をポーチに戻した。

「ふぅ……だいじょぶ、誰も見てない。こんなこともあろうかとニンジン持っといてよかった」

パン屋の裏でちょうどパンを焼いていた老婆が、小さく首をかしげていた。「いま何か、へんなもの持ってなかった?ちょっと光ってたみたいだったけど?」

アイルは笑顔で手を振った。
「ああ、ちょっと、さっきいい形の石を拾ったんですよ。ははは‥‥ピカピカのやつ…」

老婆は「そうかい」と笑い、焼きたてのパンを一つ渡してくれた。
「配達の途中に食べなさい。がんばる子にはご褒美だよ。」

アイルはありがたく受け取り、パンを頬張りながら再び走り出した。

太陽が頂を越えるころ、アイルは最後の配達先に到着した。丘の上の鍛冶屋だった。

「おや、郵便かい? めずらしいね、うちに手紙なんて」
鍛冶屋の男は黒い手袋を外し、笑って封筒を受け取った。

彼の目が、アイルの腰のポーチにちらりと止まる。
「おや、それ、変わった石板だな。村じゃ見ない形だ。こりゃなんかの装置だろ?どこで手に入れたんだい?」

「えっ? あ、これですか? えっと……自分で少し、作ってみたんです」

「自分で?へぇ、器用だなぁ。うちのどの製品よりずっと精密そうだ」

アイルは照れくさそうに笑い、手を振って走り去った。

村の広場に戻ると、鐘の音が高らかに響いた。

局長が紙を掲げて叫んだ。
「新人配達ウィーク、今年の最優秀者――アイル!」

村人たちの拍手と歓声が広場を包んだ。

アイルはパン屋の老婆にもらったパンを片手に、頭を下げた。
「ありがとうございます!」

局長はブロンズ色の羽章を差し出した。
「よくがんばったね。これで君も立派な郵便員の仲間入りだ」

アイルは『もともと郵便局員だけどね』と心の中で思いながらも、嬉しそうにそれを受け取り、胸にピンをつけた。

少し間をおいて何かに気づいた様子のアイルは、チワワ局長におそるおそる尋ねた。

「これって銅像は建たないですよね?」

風が吹き抜け、ブロンズウィングが小さく鳴った。

ディグレンチェの空は、今日もどこまでも青かった。

翌日、村の広場には2体目のアイル像が建っていた。

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