アイアイの大冒険 第二章⑧

第二章

少女の声が消えたあと、部屋はしんと静まり返った。誰も言葉を発せず、ただ自分の呼吸音が耳に残る。

グリグリが、塔の壁に映っていた“窓”のあった場所をそっと触れた。しかしそこにはもう何もなかった。

「……さっきの……アイルだったのかな」
アイアイがつぶやくように言った。

「声……たしかに、あのとき聞いた気がする。だけど……どうして、“来ちゃいけない”なんて……」

グリグリの眉がわずかにひそまる。

猫族の使者は少し間をおいてから、静かに言った。
「……この旧塔という場所は、本来、“未確定領域”とされている場所です。城に残っているデータによれば、大昔、誰かが建設した後、何かに利用されたという記録は残されていません」

アイアイは困惑した表情で問いかける。
「じゃあ……さっきの映像は、なに?」

「断定はできません。ただ、“記録”が不完全なまま投影された可能性が高いです。誰かに見せることを前提としていない記録が、偶然、出力された……そんな印象も受けましたが…」

グリグリがぽつりとつぶやいた。

「じゃあ、あれは……“ぼくらに向けた言葉”じゃなかったのかもしれないってこと?」

「……もちろんただの私の印象で、我々に向けた言葉の可能性もありますが…」

猫族の使者の声は淡々としていたが、わずかに緊張を含んでいた。3人しかいないはずの旧塔の中に何者かの気配を探っているように、時折、周りに目線を配っていた。

ふと、塔の奥から、金属がこすれるような音が聞こえた。

全員がそちらに目を向けたが、霧のような闇に覆われていて、何も見えなかった。

三人は緊張し、硬直しながら闇を凝視し続けたが、しばらくたっても何も起こる様子はなかった。

3人の緊張がふっとほぐれた瞬間に、猫の使者が口を開いた。
「この場所が、“誰か”に探られている可能性があります」

「誰かって!?」
グリグリが叫びにも似た声で聴き返す。

「落ち着いてください。それは私にもわかりません。…気のせいだといいのですが……」
そう言って、使者はやや自嘲気味に口元をゆがめた。

「だとしても、ここで立ち止まるわけにはいきません。次に確認すべき場所があります」

「どこ?」

「すぐ隣の階層──“記録庫”です。崩れてはいますが、誰かが残した痕跡が見つかる可能性があります」
アイアイは、深くうなずいた。

「わかりました。行きましょう」

グリグリも静かにうなずき、ふたりは猫族の使者のあとを追って、もうひとつの通路へと歩み出した。

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塔の地下に広がる部屋に足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌にまとわりついた。

壁にはひび割れた石板がいくつも立てかけられ、床には使われなくなった工具や古びた資料の断片が散らばっていた。中央には、焦げ跡のついた円形の台座──

「……なにか、置いてある?」

アイアイが目を凝らして言った。

台座の中央に、小さな白い石のようなものがそっと置かれていた。

「違う……これは、デバ石……じゃない?」

グリグリが恐る恐る近づいて覗き込む。

それは、見慣れたデバ石の形とは少し違っていた。角がすり減り、表面には微細な傷が走り、まるで長い間どこかに埋もれていたかのような風合いだった。

猫族の使者が足音もなく近づき、静かに言った。
「型式が古い……かなり前のものです。こんなものが残っていたとは……」

「でも、誰の……?」
アイアイがそう問うと、答えるよりも早く、石がかすかに光を放ち始めた。

台座の縁がわずかに震え、空中に淡い光が浮かび上がった。

光は形を持ち──それは、少女の姿となった。

グリグリが、はっと息を呑む。

少女は、長い髪を揺らしながら、ふたりの方を見ていた。

『……誰か……いますか……』
その声は、ほんのささやきのようだった。けれど確かに、今、この空間に響いた。

『私は……を残します。これが……最後になるかもしれないから』
少女の姿はやがて淡くなり、音もなく消えた。

だが、部屋の奥にあった棚のひとつが、ゴウン…と小さく開いた。

中には、金属製の頑丈そうな箱が一つだけ置かれていた。

「……これは?」
アイアイが箱を開けようとすると、鍵がかかっているのか箱は開けられなかった。

箱の中央部にはひとつの丸いくぼみが空いていた。

「ダメだ…開きそうもない…」
アイアイは落胆のため息と共に箱を円形の台座に置いた。

そして箱から目をそらしグリグリを見たその瞬間、カランという音と共に、丸い石が台座の上に転がった。

「えッ」アイアイはその丸い石を見て驚いた。それはコートのポケットにしまってあったはずのものだった。

村を出たときに、出会った不思議なカラスのクチバシから取り出した、あの丸い石だった。

アイアイは、丸い石が突如現れた驚きを発する前に、導かれるようにその丸い石を箱の丸いくぼみにはめた。そうするのが当たり前のように、そうした。

箱はカチッと音をだし、あっけなく開いた。

グリグリが短い感嘆の声を上げたが、アイアイはグリグリのことをほっといて

箱の中を見た。グリグリと猫の使者はアイアイの背後から箱を覗き見ている。

中から出てきたのは一枚の地図と、手紙だった。

手紙の冒頭には、震える文字で、こう書かれていた。

 ──『これを見つけた人へ』

アイアイは、言葉を失ったまま、手紙を抱きしめるように持った。

その瞬間、自分の旅が、少しだけ“誰か”に届いた気がした。

グリグリがそっとつぶやく。
「……これ、アイルが残したのかな」

アイアイは、うなずくしかなかった。グリグリに向かってなんども「うんうん」と言った。

いろんなものがつながり始めた気がして、アイアイは高揚していた。

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