アイアイの大冒険 第三章⑦

第三章

風が止んだかと思うと、また微かに流れ出す。
それはまるで、こちらの様子をうかがうように、迷いながら谷を抜けていく風だった。

「三度、曲がった先に“門”があるはず……だよね?」

四人が橋を渡って分岐にたどり着いたときガルガンチュアが示したこと

──『三度、曲がった先に“門”あり』

その通り進み、三度、曲がった先にあったのが、この模造された村だった。

その異様さに圧倒され、”門”のことは忘れられていた。

アイアイはガルガンチュアを見つめながらつぶやいた。
デバ石はかすかに明滅を返すが、地面にも壁にも、“門”らしきものは見当たらない。

「そうだな。村にあったはずの門がどこにも見当たらないのは確かだ」

ダガールが答える。

模造された村は一通り見たはずだった。それでもどこにも門らしきものは見つかっていなかった。

それまで黙って何かを考えていた様子の猫の使者が口を開く。

「三度曲がった先に…門…もしかすると、このおかしな村自体が門だということを示しているのかもしれませんね」

猫の使者は続ける。
「カースの村を探す我々にとって、この場所が少なくとも本物の村を探す重要な手掛かりになるということなのでしょうか」

「そうだよ!……この場所をもっと調べれば、本物の“カース”が…」

アイアイが歓喜の表情とともに一歩踏み出すと、ダガールがゆっくりとアイアイの肩に手を置いた。

「アイアイ。すまんな。ちょっと待ってくれ……何かがいる。俺も驚いているが、もう隠れるつもりはないらしいぞ」

今までになく小さく、冷たく背中に刺さるような声でダガールはそう告げた。

アイアイは足を止め、周囲を見渡した。グリグリはすでに固まっている。

村の模造された建物の隙間、井戸の跡地、潰れた土壁の影。だが、どこにも動くものは見当たらない。

そのときだった。

―ザザ……ガ、ジジッ……ザ――

突然、耳をつんざくようなスピーカーのノイズような音が空気を裂いた。風が逆巻き、視界がゆがむ。

その向こう、霧の切れ間から“何か”が、じり、と現れた。

それは鳥のような嘴を持つ異形の者だった。
革の外套に身を包み、丸いゴーグルの奥からは何も感情のない視線がのぞく。背には機械的な装置と、鐘のような金属音のする道具を携えていた。

「……ダレ……ダ…ナンダ…ドウシテダ?」

 声が、金属の割れたような音に混じって響いた。

「ジ、ジ……侵入ヲ、感知。認証……不能……」

「逃げて!」
猫の使者が叫んだ直後、異形の者が“黒い腕”を空間から伸ばした。
まるで闇がそのまま形を持ったかのような腕が、地面をえぐるように迫ってくる。

アイアイは「さっき、円形の水面から出てきた腕と一緒だな」とぼんやり考えてしまって一瞬反応が遅れた。

グリグリが転がるようにして身をかわし、アイアイも猫の使者に抱きかかえられるようにしてよけた。


土埃が舞い上がり、模造された村の風景が崩れかける。

「やはり……ここまでおかしくなってるのか!」
猫の使者が短く叫び、背中のポーチから爆薬のようなものを取り出す。

「まって、まだ話ができるかもしれない!」
アイアイが叫ぶが、異形はもう一歩、こちらににじり寄ってきていた。

「異物……排除……スルヨ……ジジッ…迅速迅速…ガガガ」

アイアイが話かけようと半歩前にでたが、ダガールに掴まれ後方に放り投げられた。

「ななななななんなんだよーこいつー!?」

グリグリが、震える手で石を拾いながら言った。

放たれた石は、”異形のもの”に届くことなく空しく地面に転がる。

”異形のもの”は近づきながら、黒い腕を二本、空中に展開させた。

それを見たワニの戦士は

「やるしかないってことだろうな。みな覚悟せい!」

と短くげきを飛ばすような言葉を発し、大剣を構えて飛び出していった。

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ダガールの咆哮と共に空気が裂けた。

ダガールの大剣が地を蹴る音とともに、風が唸りをあげて逆流する。

異形の者は動かなかった。鳥のような嘴の奥から、ガガ……というノイズだけが、断続的にあふれている。

「……テイコウ……検知……排除……開始スルヨ…ガガガ…ジジ」

その声と同時に、黒い腕がダガールめがけて叩きつけられた。

「――っ!」

ダガールは地を滑るように回避し、斜めから刃を振るう。
だが、その一撃は相手のマントを掠めたのみで、何の手応えも返ってこなかった。

「こいつ…なんだ??…」

その声と同時に、黒い腕がもう一本、地面からせり上がるようにしてグリグリの足元を狙った。

「わっ、わわっ!?」

グリグリが地面に転がって避ける。すぐ横の地面が、鈍くひしゃげた音を立てて陥没する。

「グリグリ、こっち!」

アイアイが手を伸ばし、彼を引き寄せながらガルガンチュアを構えた。

「ガルガンチュア、何か情報を……!」

だが、デバ石は静かに点滅するだけで、音も文字も発しない。

「アイアイ!今はそれどころではありません。下がってください!」
猫の使者が低くうなり懐から先程の火薬のようなものを取り出した。

「これを投げます。タイミングは任せてください」


「何をする気!?」とアイアイが叫ぶが、使者はすでに集中しきっていた。

異形はゆっくりと首をかしげたように見えた。

「異常行動……確認……応答……不能……排除……必要……ガガッ……」

その言葉とともに、黒い腕が天に向かって大きく振り上げられる。

「下がれぇぇぇ!」
ダガールが叫ぶと同時に、猫の使者が火薬を投げ放った。

まばゆい閃光と衝撃波。
模造された村の空間が一瞬、反転したかのように光に包まれた。

アイアイは目を細めながら、閃光の向こうにいた“何か”が一瞬、形を崩しかけるのを見た。

――その輪郭は、揺らいでいた。しかし同時にその輪郭はウネウネと動き形をもとに戻しているようにも見えた。

「……今のは、効いた……?」
グリグリが震える声で尋ねたが、猫の使者は首を横に振る。

「おそらく、ほんの一瞬。……足止めできれば御の字です。さあ今のうちに。」

「それって……ここから逃げるってこと……?」

アイアイの問いに、誰も答えなかった。

ただ、瓦礫の向こうで異形の“風の向こう側に隠れていたもの”が、再び黒い腕を振り上げようとしていた。今度は、さらにもう一本、多方向から同時に。

ダガールがアイアイの肩に手を当てる。

「アイアイよ。心配せんでも、やつは俺たちを逃がす気はないらしい。ここが正念場ってやつよ」

そういって飛び出したダガールは煙の向こうの”異形のもの”に大きく切りかかった。

ダガールの一刀は二本の黒い腕に阻まれたが、間髪入れず、猫の使者が、ダガールの死角から”異形のもの”へ横水平に斬りかかる。猫の使者はどこにかくし持っていたのか大型のナイフのようなものをふるっていた。

”異形のもの”とダガール、猫の使者の攻防は一瞬一瞬に火花を散らせるような激しいものだった。

アイアイとグリグリは茫然と立ち尽くし身を寄せ合って、その攻防を見守ることしかできなかった。

ダガールも猫の使者もアイアイが考えもしなかったような強者だった。最初の頃は優勢だったと思う。

しかし”異形のもの”が出す黒い腕は火花が十数回散る度に一本づつその数を増やしていった。

今や、ダガールと猫の使者は防戦一方だった。そして無慈悲にも黒い腕は増える一方だった。

その状況を見るにアイアイはこう考えざるをえなかった。『ここで自分たちは終わりなのだ』と。

横のグリグリはもう戦いを見てはおらずただ震えていた。

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