アイアイの大冒険 第三章⑥

第三章

右の崖道を選んだ一行は、風の音が少しずつ遠のいていく感覚の中で、しばらく岩の間を縫うような細道を歩いていた。ガルガンチュアの示した通り三度曲がったころ、道幅はわずかに広がり、やがて開けた空間に出る。

「……ここは……?」

ダガールが、誰よりも先に声を漏らした。

そこは、谷の風が渦を巻く場所から少し外れた、ぽっかりと空が見える盆地のような地形だった。まわりを岩壁に囲まれたその空間には、確かに“村”のような形跡があった。

ダガールが肩を震わせながら口を開いた。

「村とは……“カース”とは、ちがう。」

そう言って、ダガールはその場に立ち尽くす。

そこには、住居跡のような石積みが点在していたが、どこか違和感が存在していた。それは村の形をとってはいたが、ところどころの家は上下逆になっていたり、作りかけのような家もあった。

猫の使者が地面にしゃがみ込み、何かを確認している。

「……まるで“誰かが村の模型をつくろうとして途中でやめた”かのような…」

ダガールが、小さくうなる。

「村の形は……合っている。だが、なにもかもが……おかしい。まるで、“誰かが見た記憶”をもとに、真似して形だけ作りなおしたみたいだ」

その言葉に、アイアイも首をかしげる。

「記憶を……もとに?」

「そうだ。道の位置も、井戸の跡も、なんとなく合っている。でも、細部がちがう。“本物”ではないんだ……」

グリグリが岩の影からひょっこり顔を出し、何かを見つけて指をさした。

「ねぇ、あれ……なんで地面が四角く光ってるの……?」

一同が振り向くと、盆地の隅に、数メートル四方の“明らかに異質な平面”があった。

そこだけは岩や砂利の上に、何らかの金属か石のような素材が、規則正しく敷き詰められている。しかも、それはうっすらと──発光していた。そして何かの文字列を浮かべていた。

猫の使者が、口を開きそうになったところを手で口を押さえてだまった。

代わりかのようにアイアイは口を開いた。

「見たことのない文字だ・・・」

その瞬間、アイアイの胸元でデバ石が震えた。

アイアイはそっとデバ石──ガルガンチュアを取り出した。

 その画面には、文字がゆっくりと浮かび上がってきた。

──“カース村・模写データ区域”
──“構成未完・補正中”

「補正中……?」

アイアイが読み上げたその言葉に、空気が凍りついた。

「やはり……これは、“模造された村”なんですね……」猫の使者の声が低く響く。

「模造されたという表現があっているかは、わかりませんが」

猫の使者は続けて、村の形をしたものを眺め続けていた。

「誰が……何のために……?さっぱり意味が分からん。わからんが、これも初めてのことだ…」

ダガールはそうつぶやきながら、かつての村の記憶と、目の前の“不完全な再現”とを、静かに見比べていた。

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模造された村の奥、光る記憶盤のある広場からさらに抜けた先に、風に削られたような通路が続いていた。

足元には、ところどころ崩れた石段が埋もれ、かつての道筋をかろうじて感じさせている。壁面には風と時に削られた痕跡がいくつも刻まれ、かすかに人工的な意図が残されていた。

アイアイたちはゆっくりと進みながら、周囲を観察していた。

「ここが、おじさんの住んでいた村なの?……」

グリグリが言うと、ダガールが小さく首を振った。

「形だけは、な……だが、違和感だらけだ。奥行きがちがう。家の並びが、間違っている。あの角には井戸があったはずだが……今は、影もない。”本物のカーズ”ではない」

そう言ってダガールは立ち止まり、かつて井戸があったはずの空間を静かに見つめた。

「地形だけを“誰か”が写し取って、記憶を当てはめたような……雑な模写のようだ」

猫の使者が、足元の土をひとつまみすくい、指の間からさらさらとこぼした。

「ここは、何度も作られては、消され、また作り直されているような印象をうけますね。」

「つまり……ここを作っている誰がいるってことだよね?」

アイアイが訊く。

「“何か”が、です」

猫の使者は慎重に言葉を選んだ。

ふと、ダガールが背中の荷をぐっと背負い直す仕草をした。
それは、誰に向けるでもない、無言の祈りのようだった。

彼の視線は、かつて自分が生きた空間の“なれの果て”を貫いている。

「この風景は……俺の知っている場所ではない。けれど、まったく無関係でもない。誰かが……“再現しようとした跡”だ」

「じゃあ、こことは別に…本物が?」グリグリがそっと尋ねる。

ダガールは答えなかった。

ただ、空を見上げた。

その空は、谷の出口へとつながる狭間に切れ込み、遠くにまだ霧がかかっていた。風がわずかに強くなり、アイアイのカバンが小さく揺れる。

「ここには何かある。そうだろ、ガルガンチュア」

アイアイがつぶやくと、デバ石はかすかに反応し、画面が一瞬だけ明滅した。

それは、この場所に、答えがあるという合図のようだった。

ダガールが、再び歩き出す。

「行こう。この先に“本物のカース”が、まだ残っていると信じたい」

その言葉に、アイアイは異を唱えた。

「待って‥‥ガルガンチュアの言っていた”門”がまだ見つかってないよ」

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