アイアイの大冒険 第三章③

第三章

走り続けた三人がようやく峡谷に入ると、風の性質が一変した。 それまで三人の頬を撫でていたような流れが、今は岩壁にぶつかって跳ね返り、まるで意志を持つかのように三人と一体を押し戻そうとしていた。

アイアイ、グリグリ、猫の使者は、身を低くしながら足場を確かめつつ進む。 頭上ではツヴェイが何度も旋回しているが、その姿もときおり風にかき消され、完全に見えなくなる瞬間があった。

「うう……ぼく、飛ばされるかも……っ」  
グリグリの声が、風にさらわれるように遠くで揺れる。

グリグリも、猫の使者も、すぐ近くにいるはずなのに、時折、二人がずいぶん遠くにいるような感覚に襲われた。

猫の使者は顔を上げたまま、冷静に状況を確認しているようだった。
「峡谷内の風の動きが不規則です。どうやら、この地形全体が“試し”の一部なのでしょうか」

「試しって……これが“試練”なの?」
とアイアイが問い返すと、猫の使者は首を横に振った。

「明確な目的があるわけではなさそうです。環境による選別、あるいは“道を見極める者だけが進める”……そのような意図を感じます」

そのときだった。風が急にぴたりと止んだ。一瞬の静寂が訪れ、空気に違和感が走る。

アイアイのカバンの奥で、ガルガンチュアの存在がぼんやりと浮かび上がった。止まった風の中、アイアイはガルガンチュアーデバ石ーを取り出して画面を確認した。

 ──分岐を左です。

その言葉だけが、画面に表示されていた。その言葉はアイアイの中に強く残った。意味も、理由もわからない。ただその言葉が、進むべき方向を“選ばせようとしている”ような感覚だった。

再び荒くれるような風が三人のもとに戻ってきたため、アイアイはすぐにデバ石をしまった。

「アイアイさん、行き止まり。いえ分岐です。」  
猫の使者の声に、アイアイははっとして顔を上げた。

目の前には二つの道──風に削られたような細い岩の裂け目のような道と、緩やかに傾斜する石の道。

岩の裂け目は見た目にも痛々しく今にも肌を切りつけてきそうな狭い道だった。

「こっち……」  

アイアイは無意識に、裂け目の方へと歩を進めた。ガルガンチュアの示唆が、そこにある気がした。

「待ってください。そちらは危険そうですよ。」  
猫の使者が制止しようとするが、ツヴェイが旋回しながら声をかけてきた。

「そっちだよ〜。ちゃんと“鍵を持ってる者用”のルートだったと思うから安心して〜!たぶん~!僕は最初の分岐のことしかわからないけど、そっちで、たぶんあってる~」

グリグリがつぶやいた。
「ほんとに大丈夫なのかな、あいつの言うこと……」

だが、アイアイは進んだ。理由はわからない。だが、確かに“あの言葉”があった。ガルガンチュアが、黙って背中を押してくれた気がした。

三人は、岩の裂け目へと進んでいった。 風は再び吹き始めたが、先ほどまでは荒れてはいなかった。

選んだ道が正しかったのか、それとも、これから問われるのか──

ふとアイアイが空を見上げた時、ツヴェイの姿もその影すらも、もう見当たらなかった。

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裂け目のような岩道を抜けた先で、三人はようやく風の勢いが和らぐ場所に辿り着いた。足元の砂礫は湿り気を帯び、空はまだ重たく曇っていたが、雨は降っていなかった。

猫の使者が岩陰に小さな焚き火の準備を始めると、グリグリは持ち歩いていた水筒と食料袋を取り出し、どこか嬉しそうに並べはじめた。アイアイは少し離れた岩に腰を下ろし、カバンから手帳を取り出して、静かに今日の出来事を記録しようとしていた。

──そんな静かな空気を、遠くから地響きのような音が打ち破った。

「──おいッ! そこの若者たちッ!!」

あまりにも太く響く声に、アイアイたちは驚いて立ち上がる。風の音さえかき消すほどの大声だった。

峡谷の岩壁を振動させるような足音とともに、ひときわ大きな影が現れる。重々しい甲冑に全身を覆われ、背には箱のような巨大な荷物──いや、鉄板を繋げて作られた移動式の荷車のようなものをしょっている。

その影──ワニ族の戦士だった。

無言で近づいてきたその姿に、グリグリが思わず一歩後ずさる。だが、男は怒っているようには見えなかった。

「このあたりに──村の痕跡はなかったか!? このあたりに、あったはずなんだ!いや、風に……風に惑わされてなければ……ッ!」

その声には切迫した焦りが滲んでいた。彼はやがて、がくりと膝をついた。甲冑のきしむ音が谷に反響する。

猫の使者がゆっくりと近づき、静かに問うた。
「……あなたの村を、探しているのですね」

「ああ。昔は“カースの村”という名だった。だが”あの日”、突如として嵐に飲まれて消えた。それ以来、誰一人戻っていない……俺も、何度も探しているが、毎回道が変わる。風が、記憶すら欺いてくる……!」

戦士は、拳で地を叩いた。その手には厚い鱗があり、爪の間に入り込んだ泥が彼の執念を物語っていた。

猫の使者がふとアイアイに目を向ける。
「この谷の風は、確かに異様です。まるで──何かの意思を持っているかのように」

「……意思を持つ風」
その言葉を繰り返すように、戦士が顔を上げた。

アイアイは口を開いた。
「ぼくたちは、ザラーリンの王都から来ました。今は、この谷でやらないければならないことがあるみたい…なんです。」

戦士はしばらく黙っていたが、やがて大きくうなずいた。
「うむ!よくわからないが、何かを探しているということは俺と同じだ。俺の名はダガール。もともと王都に仕えていたが……今は、カースの村を探すことが全てだ。……おまえたち、風の試練を越えて進む気なら、俺も道を共にしよう。何年かかっても、村を見つけるつもりだからな」

グリグリが、おそるおそる問いかける。
「……その荷物、すごく重そうだけど……いいの?」

「おう! これは俺の大事な物だ。置いてはいけないんだ。生きてるうちに、“あそこ”へ届けてやらなきゃな」

そして、ダガールはまっすぐに谷の奥を見据えた。
「風が道を変えるなら、俺たちの覚悟で進む道を刻むしかないだろう」

 猫の使者が、ほんの小さく頷いた。
「では、四人で進みましょう。私たちの方は未だ何を探せばいいのかもわかってませんが」

それは猫の使者のつぶやきだったが、ダガールがはっきりとした声で返した。
「なーに!進みながら探すのが人生ってもんよ。最初から目的がハッキリしてるなんて方が、むしろ珍しいくらいさ!」

ダガールは大きな顎を開き、ガッハッハと笑った。

「さあ!!行こう!」
ダガールは巨体を起こしのけぞり、咆哮にも似た声で叫んだ。

三人はその迫力に唖然として言葉を失ったが、しばらく間をおいて、グリグリがつぶやいた。
「あのー。まだ休憩はじまめたばっかりなんです・・よ・・」

ダガールは三人をキッとにらみつけるように眺めた後、
「そうだったか…すまん…」という小さな声とともに、小さくなって申し訳なさそうに座った。

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